東方 仗助、そしてアンジェロ その①
「……」
「……、……」
「……」
「……なに?」
真横から注がれる、6月の気候並に重苦しい視線に、八雲 紫は耐え切れず突っ込んだ。何だってこの小さな吸血鬼は、じっとりとこちらを見やってくるのか。
「いつの間に我が妹と仲良くなったのかなって。いやぁ、姉として嫉妬しちゃうわ」
「そんな剥き出しの警戒心で、出てくる言葉が『嫉妬』なわけないでしょうに」
数年前、初対面の時よりも警戒されている。これではまるで来客に唸るチワワだ。薄々理由は察せていたが、それは彼女の勘違いである。
「友よ、私を信用してちょうだい。別に咎めに来たわけではないの」
「根拠は?」
「この時点で何も言ってないでしょ」
確かに以前は詰るようなことを言ったが、あれは単なるポーズだった。しかも紫にとっては不運なことに、レミリアはあれを真に受けて、地に膝と額まで付けたのだ。
あそこまでされたら、どう弁解しようが紫の有罪は揺るがない。そして罪は前科になる。前科があれば、疑われても文句を言い難い。……こんな不都合な三段論法は、何処か瓦落多だらけな場所にでも捨ててしまいたい。
「フランドール。貴女のお姉様、ちょっと説得してほしいのだけど」
「放っておいて良いわ。いないものと思っといて」
「それはそれで可哀想なんだけど……」
相変わらずのドライな姉妹関係だ。とはいっても、ドライは妹から姉への一方通行。姉は真摯に妹を慈しんでいるのだから、余計憐憫の情が湧いてくる。
「こほん。まず現状を整理しましょう。その本、『bizarre adventure』が突如活性化。アリスが恐らく中に囚われた。紅魔館の住人に活性化の心当たりはない」
「そうね。八雲、貴女の力で引き戻せない?」
「んー……いや、無理だわ。位相が遠過ぎて私ではどうにもならない」
指で四角を作って覗き込む。暫く奥を見据えて、諦めるように首を振った。
物事の境界の操作。それが紫に与えられた天賦の才能である。形あるもの、概念を問わず、その間にある境界を操り、また新たな境界を作ることもできる。
その気になれば、水面に浮かぶ月の像から真の月へと繋がる道を開通させることもできる。そんな紫の能力でも、アリスの奪還はキャパシティ・オーバーであった。
位相。次元、と言い換えても良いだろう。要は概念的に遠過ぎるのだ。紫は他者より手が長いけれど、それでも指先すら届かない範囲はある。
「でも紫で解決できないって、ここからどうすれば良いのかしら」
「うーん……正直八雲に何とかしてもらう算段だったから……」
魔法を扱うコンビが、揃って腕を組み悩む。魔力が通らない時点で、彼女達でどうこうできる範疇を超えている。なので公然と歩く反則妖怪に頼るつもりだったのだが、その当ても外れてしまった。
同じ状況を切り抜けた貴重な情報源であるフランドールだが、彼女達の場合、幻想郷側から迎えがあっての帰還だった。迎えが出せないという制約込みで考えると、アリスは如何なる手段で囚人の役割を脱するのか。
読んだ者を中に閉じ込める本というのは、実際に存在する。妖怪の書いた妖魔本、魔女の書物である魔導書。そのうち強力なエネルギーを保有するものは、稀にミミックめいた罠と化すのだ。
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