ハーメルン
流石にもう死に戻りたくない
4〜9

 最初の2回は、戦争の途中で死ぬという無念の残るものであったから、死に戻ったことには心から感謝した。
 知識、それを元にした立ち回り。ただそれだけで、変わるものもあるのだと知った。変えられるものがあるのだと知った。

 肉体の効率的な鍛え方を知った。
 武器の振り方を知った。
 膨大な種類の詠唱があることを知って、必死に覚えた。
 同時詠唱の方法を知った。
 生き物の最適な殺し方を知った。
 致命傷を受けない戦い方を知った。
 求められる役の演じ方を知った。
 気に入らない権力者の豚と笑顔で話す方法を知った。
 自己犠牲の無意味さを知った。
 人ひとりを救うことの難しさを知った。
 あなたの笑顔を知った。
 勝利の喜びと、平和の素晴らしさを知った。
 我が子の愛おしさを知った。
 未来ある若者を支える喜びを知った。
 柔らかな風を感じながら読書に耽る幸福を知った。
 最愛の人に看取られる安心感を知った。

 どれも、素晴らしいものだと思うし、どれかが欠けていては、俺は満たされることがないだろうと分かる。
 けれど、裏を返せばそれは……俺は、満たされていたのだ。
 満足していたのだ。
 安心して、未来を憂うことなく、死を恐れることもなく、長い眠りにつくことができる精神状態にあった。

「勘弁、してくれよ……ッ」

 途方に暮れた。
 何よりも怖いのは、次に死んだ時、果たして俺は死ねるのかという疑問である。
 答えを知るのが怖くて、自死を選ぶ気にもなれない。

 前世、あの人生以上の幸福を得られるとは、微塵も思えなかった。
 だから、ちっぽけで無力な俺は、前世と同じ人生を歩むことを決めた。それしか選びようがなかった。ボタンの掛け違いで何か不幸が生まれるくらいなら、慎重に慎重に、流れを変えてしまわないように立ち回ることを決めた。

「アンタ、若いのに凄いな! どうだい、この依頼を一緒にやってくれる相手を探しているんだけど、組まないか?」
「……ダフネ」
「あれ? アタシ名前教えたっけ?」

 誰も、覚えていないんだ。
 俺が前世でやったことも。一緒に話したことも、一緒に食った飯も。
 あの日と変わらない青空が、いっそ憎らしいくらいに美しかった。
 魔王が復活する前の平穏な国の雰囲気が、時折吹き抜ける爽やかな風が、ただただ、全て終わった後の、あの優しい日々を思い出させる。

「……噂で、聞いたんだ。いいよ、一緒にやろう」
「そうか! よしきた!」

 傭兵界隈で名前が上がるのにはそう時間がかからなかった。
 まだ未成熟な体だから前世と全く同じとはいかないが、それが問題にならないくらい、蓄えた経験がある。それに、依頼だって知っているものが多くて、失敗するほうが難しいのだ。

「……傭兵君。悩みがあるなら、聞かせてもらえないかい?」
「ありがとうございます。……ですが、大丈夫です」

 教会の牧師は、これまでの回と同じで、俺にも優しくしてくれた。
 毎日のように足繁く教会に通い、その上依頼を確実にこなす、信心深い凄腕の傭兵がいる。そんな話をよく耳にするようになった。

 これまでと違ったのは、その噂のおかげか、国の方から俺を中心とした聖騎士団を作りたいという打診を受けた。

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