ハーメルン
流石にもう死に戻りたくない
9〜

 幸せってなんだろう。

 俺は確かに、幸せであった。
 みんなのおかげで、幸せになれた。
 過去形だ。

 じゃあ、俺がこれから幸せになるにはどうすればいいのだろう。
 ここまで考えれば、自然と気付くことができる。

 そもそも、どうして俺は、俺達は、幸せを目指すのだろう。
 まるで呪いのように、それを求めて彷徨うのは。

 ──そして、俺はその答えをもう知っている。




「──よし、行くか」










 8度の死に戻りを経て、これまでの何周かが嘘のように俺は涙もろくなった。
 あるいは情緒が乱れてしまっていたのかもしれないが、それは泣けないということよりもよほど健全なことであるように思った。

 たとえば、たまの贅沢に鳥を丸々一羽焼いて食べる時。
 首を折るのも羽を毟るのも、お袋よりは力の強い俺が代わりにやってあげた。別に行為としてはなんら特別なことではなかったのだが、夕飯でおもむろに口に運んだ瞬間、ぽろぽろと唐突に涙が溢れはじめたのだ。

 罪悪感ではない。あえて言葉を与えるとするなら「感謝」なのだろうが、あまりにも淡く澄んだその感情は、軽率に名前を付けるべきでないと思った。
 俺の命なんかよりも、この肥えた鳥一羽の命の方がよほど尊い。この世界にただ一つの命として生まれて、たとえそこが管理された鳥小屋だったとしても、生きるという行為を全うした。
 じゃあ、それを限りなく価値の低い存在である俺が食むのはどうなのかと思うかもしれないが、「食べる」という行為は、いまや食べる側と食べられる側の話だけではない。
 この鳥を育てた人間は、誰かの腹を膨らませて幸せにしてやりたいという願いを込めて育てた。売った人間も、調理したお袋もまた然り。命が大切だから食べないなどという主張は視野の狭い倒錯に違いなく、命のためなら願いは蔑ろにされていいのかと問われれば、多くの人は首を横に振るだろう。

 だから、善悪ではないのだ。
 命を繋ぐために命を糧とする。互いの命に優劣はなく、結果がそうであっただけだ。そこには犠牲があるし、願いがあるし、感謝がある。それを不味いなどと言えるはずもなく、あるいはただ美味しくて感動したから涙が出たという実に単純な話なのかもしれない。
 まあ、突然泣いたもんだから親には驚かれたけど。

「兄さんはほんと泣き虫だねー」
「泣き虫じゃない。涙もろいんだ」

 怪我をしたって、辛いことがあったって、そうそう泣くことはない。
 もっと「痛い」ことを俺は知っているからだ。
 ただ、純粋なものに触れた時、美しいものに触れた時、優しいものに触れた時。
 そうやって泣くのは、何度だって許されてほしいと思う。

「あなたはとても穏やかな目をしている。私よりもよほど、悟っていらっしゃるようだ」
「俺が? まさか。俺はきっと、この国で最も浅ましい人間のひとりですよ」

 傭兵になってから、いつもの牧師さんに変なことを言われた。
 誰かのために生きても無駄になると知っているから、俺は自分のためにしか生きない。ロクな結末に繋がっていないと分かった上で、浅ましく生にしがみつく。
 俺は自分の幸せのためにしか生きていない。誰かを導くことも出来ないだろうし、いずれ訪れる「死」を心の底から恐れている。悟りからは一番遠いところにいるだろう。

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