ハーメルン
ひなどり、にひき。
第7話「ようやく、追いつけたあなたへ」

 思えば、小鳥さんには最初からお世話になりっぱなしだった。
『あなたが、新しくプロデューサーをして下さる方ですね。初めまして、私、765プロで事務などをしております、音無小鳥です』
 やわらかな笑顔で挨拶してくれた、入社初日。千早がデビューしてからは、俺たちが何をすべきか教えてくれたり、ランクリミットのことを教えてくれたり、ちょっとした飲み会の時にはアイドルとどう付き合っていけばいいのかとかを、丁寧に教えてくれた。
 それはきっと、自分のアイドル経験から得たこと。自分が陽菜であったことは隠しても、自らが感じたことや経験したことから教えてくれたのかと思うと、やっぱりすごくうれしい。それだけ、俺たちのことを支えてくれたっていうことだから。
 俺が出来ることといえば、次のアイドルをその子らしく育てて、トップアイドルへ導くこと。そして、今度は歌手を目指す千早を兄として支えること。そして……その前に、ちゃんと想いを伝えること。
 今日の今日で驚かれるのは当たり前だろうし、もしかしたら一発で断られるかもしれない。千早に言われたからっていうのも確かにあるけど……でも、それ以前に、ちゃんと小鳥さんには想いを伝えたかった。

 階段をゆっくり上がると、ドアの小窓から中の灯りが淡く漏れていた。
 時間は九時半。いつもだったら定時を過ぎてるけど、小鳥さんは明日が休みっていうこともあって『遅刻した分はちゃんとやります』と残業を選んでいた。きっと、今頃書類やメールと格闘していることだろう。
「こんばんはー」
 ゆっくりと開けると、社長の席にも会議スペースにも誰もいない。
「あらっ、プロデューサーさん? 千早ちゃんのところに行ったんじゃないですか?」
 残っていたのは、奥のほうの席に座った小鳥さんだけ。
「いえ、千早との話も済んだんで、ちょっと陣中見舞いに。どうですか? 進捗は」
「おかげさまで、もう終わるところです。社長に業務報告メールを送って帰ろうかなって思ってたところでした」
 見慣れた事務員の制服を着た小鳥さんは、ほっとしたように笑って俺のところにやってきた。
「それならよかった。もしかしたら小腹を空かせてるかなーって思いまして……これ、差し入れです」
 俺は笑いながら、近所のハンバーガー屋のビニール袋を掲げてみせた。
「わっ、ありがとうございますっ! ちょうどお腹が空いてたところなので、助かります」
「なら、ちょうどよかったですね。俺もメシがまだなんで、いっしょに喰ってもいいですか?」
「ええ、どうぞどうぞ! それじゃあ、お茶も用意してこないと。プロデューサーさんは、いつものでいいですよね」
「もちろん、お願いします」
「ふふっ、わかりました」
 大きくうなずいた俺に笑いかけて、小鳥さんは給湯室へと入っていった。
 昨日の帰り際とは違って、いつも通りの明るい小鳥さん。その姿を見ているだけで、やっぱり心が落ち着く。
 会議スペースから見える後ろ姿も、765プロではすっかりお馴染みの姿。最近入った双子の亜美ちゃんと真美ちゃんも小鳥さんにすっかり懐いていて、千早や春香ちゃんといったアイドルたちも小鳥さんに全幅の信頼を置いていた。
 いわば、765プロのお姉さん。でも、俺にとってはずっと昔からのお姉さん。ずっと憧れで、ようやく追いついて……そして、俺たちのことを見守ってくれた、大切なひと。
 こんなに近くにいられるのがうれしくて、そして楽しくて。どうしても、ちゃんと伝えたくて……

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