朝倉編~①~
「玄米が欲しい?」
「ああ……」
もはやすっかり岐阜城下の顔なじみになった横溝であるが、今日は行きつけの万屋に相談にきていた。
この時代、米は既に精米されて売り出されているのが殆どで、あの白く輝き、湯気立つ炊きたての米こそ庶民の有り難味の源であった。
しかし米屋を幾つか回ってみたが、米俵の中身は全て白米であった。
別にチーズを買いに行くわけでもないのに、色々難儀するのがこの時代である。
こうして何とかならんもんかと足を運んだのが、かつて仕事を紹介してもらった万屋というわけだ。
「……ない、こともないんですがね」
「本当か!?」
「ええ、米屋はともかく、農家には精米作業を面倒くさがる奴もいましてね。そんな半端物がたまに出回ることもあるんですよ。確か、うちにも数本……」
「買う!」
「ええっ!? 本当ですかい!?」
「俵ごと買う。売ってくれ!」
「……ま、まあ買うってんなら準備しますし、どうぞお買い上げ有難うですけど」
「サンキュ、恩にきるぜ」
「さ、さんきゅ? ……まったく、渡人の考える事はよく分かりませんなあ」
横溝にとって、玄米は主食だった。これさえ食べればビタミン、ミネラル、食物繊維を豊富に取り入れられるため、毎日健康、かつ快便。
大学時代からよく食べていたものだ。なくては困る。
「なんだ、今日も足を運んでくれたのかい?」
「おお、大旦那か。まあね。ちょいと欲しいものがあってな。買い付けにきたわけよ」
「大旦那、この渡人さん、玄米が欲しいって言ってきましてねえ」
「玄米? あの茶色い白米の紛い物呼ばわりされてる、あれか?」
「そう思うのはこの時代のお前さん方だからさ。玄米食べてりゃ毎日健康でいられるぜ。1度試してみな」
「はっはっは、機会があったらね。ところでこの前は味噌を買いに来てたっけ」
「そうなんだよ。この時代、味噌は一家に一つちゃんと熟成させたものがあるらしくてな。俺も試してるんだけど、まだまだ時間がかかるからなー。
味噌蔵から直接買おうかと思ったんだがまだ熟成が足りないからって言われて売ってくれなかったんだ。ひょっとして俺、袖の下でも要求されたのか?」
「その可能性はありますねえ。美味い味噌を作る味噌蔵ほど融通がきかないってことはよくありますよ」
いつの世も得体の知れない者とプライドの高い者は相容れないものらしい。
「まあその腹いせとして、たまり醤油をたっぷりと貰ってきたけどな」
「たまり醤油?」
「味噌作る過程で出来る上澄みだよ。いずれこれは塩、味噌にならぶ日本食になくてはならないものになると思ってる。
……いや待てよ、せっかくだから自分で作ってみるのもいいな。塩だろ、小麦だろ、大豆だろ、あとは軟水と麹菌があれば……いけるじゃん!」
(ふっふっふ、せっかくだから醤油を始めて作った創始者になるのもいいなあ。幾つかの試行錯誤はあるだろうが、ふふっ、楽しみが増えたな)
「……大旦那、何か渡人がなにやら企んだ顔してますよ」
「あんまり言ってやるな。俺たちとは考え方が違うんだ」
確かに考え方はこの時代の人間とは異なるだろう。だが、横溝は気さくな性格ではあった。
挨拶されれば挨拶で返すし、困ってる人を見れば何とかしようとする。こういった性格も大学時代に培われたものだ。
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