ハーメルン
SIREN2(サイレン2)/小説
第五話 『実戦』 永井頼人 夜見島遊園/管理小屋 -1:59:53

 夜見島の北東部・碑足地方にある夜見島遊園の管理事務所の前で、自衛官の永井頼人は声をあげて泣いていた。彼の前に倒れている沖田宏は、身動きひとつしない。ヘリ不時着時にはわずかにあった呼吸も、少し前に無くなっていた。それが何を意味するのか、考えずとも判ることだが、それを信じたくなくて、それを否定したくて、永井は泣きながら呼びかける。

「沖田さん……目を開けてください……息をしてください……沖田さぁん!!」

 無論、沖田は目を開けないし、息もしない。それでも永井は、沖田に呼びかけ続ける。

 闇の中で、白く直線的な光が揺れていた。こちらへ近づいてくる。ヘリ墜落後に指揮権を発動した三沢岳明三等陸佐だ。この夜見島遊園にたどり着いた後、永井と沖田をこの場に残し、園内を調べていたのだ。

「――園内の電話は繋がらない。ここが夜見島なら、昭和五十一年に海底ケーブルが切断され、そのままのはずだ。恐らく、どこの電話も同じだろう」

 不時着したこの島が夜見島であると見当をつけたのは三沢だった。ヘリは四開地方上空を飛行中にトラブルを起こした。四開地方沖の島で遊園地があるのは夜見島だけだ。かつて金鉱発掘で栄えたこの島には多くの人が集まり、遊園地や映画館など、離島には場違いとも思える多数の娯楽施設が建設されたのだ。

「通信の方はどうだ」

 低い声で訊く三沢。三沢が園内を調査している間、永井は通信機を使って本部へ連絡を試みるよう命令されていた。しかし、永井はただ沖田のそばで泣いているだけだった。

「…………」

 三沢は永井の前にしゃがむと、肩にかけていた小銃を地面に置き、倒れている沖田の顔をライトで照らした。そして、少し見ただけで立ち上がると。

「――もう死んでるぞ」

 冷たく言った。

 その言葉に、永井の胸の奥から怒りが湧きあがる。しかし、それ以上に沖田が死んだという現実を突きつけられた悲しみが上回った。だから、「行くぞ」という三沢に構わず、永井はさらに声をあげて泣いた。

「立て」

 三沢に後ろ襟を掴まれ、永井は無理矢理立たされた。

「気持ちは判るけどな、これ、ドラマとかじゃねぇんだ。急がないと危ないだろ」

 声に静かな怒りがにじむ。だが、永井には判らない。何が危ないのか。何を急がなければいけないのか。そんなことよりも、ただ沖田が死んだことが悲しかった。三沢が手を離しても、その場に崩れ落ち、ただ泣き続ける。

 三沢は大きくため息をついた。

 その二人のそばを、黒い煙の塊、あるいは蠢く闇が、通り過ぎた。

 それは倒れている沖田へと近づいていき、身体の中に吸い込まれるようにして消えた。

 すると。

 あれほど永井が呼びかけても何の反応も無かった沖田が、ゆっくりと起き上がり始めた。

「――沖田さん!!」

 思わず叫ぶ永井。死んだ者がよみがえったことには、何の疑問も持たなかった。いや、そもそも沖田さんは死んでなどいなかった、死ぬなんてありえないのだ――そう思っていた。だから、立ち上がった沖田が死体と同じどす黒い顔色をしていても、何もおかしいとは思わなかった。沖田が死んでいなかったことが、ただ嬉しかった。

 だが、起き上がった沖田が緩慢な動きで小銃を構え、銃口を永井に向けたところで、さすがに何かおかしいと思った。訓練中とはいえ、携行している銃は本物だ。弾も入っている。優秀な自衛官である沖田は、冗談でも人に銃口を向けたりしない。

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