ハーメルン
SIREN2(サイレン2)/小説
第九話 『幻視』 一樹守 夜見島/瓜生ヶ森 0:01:08

 一樹守は、闇の中にいた。



 闇以外、なにも存在しなかった。見えないわけではない。仮に明かりがあったとしても、なにも照らし出すことはできないだろう。本当に何も無い世界――光さえ存在できない、闇だけの世界だ。

 声が聞こえる。

 女の声だった。泣いている。悲しげな声だ。助けを求めている。自分が助けなければいけないと思った。だが、存在するのは闇ばかりだ。泣き声の主はいない。どこを見ても、どこに向かっても、闇しか存在しなかった。助けを求めて泣く声に応えることができない。それでも泣き声は聞こえる。助けを求めている。でも助けられない。それが、一樹の心に罪悪感を生む。助けられない自分が悪いように思えてくる。泣き声は続く。やめろ……。耳をふさいでも無駄だった。泣き声はさらに大きくなり、罪悪感が一樹の心を蝕む。やめろ……俺には助けられない……。泣き声はさらに大きくなる。これ以上この泣き声を聞いていたら、心がもたない。心まで闇の中に消えてしまいそうだった。もうやめてくれ!! 泣き声を打ち消すほどの声で叫んだ。

 泣き声が、止んだ。

 そして――。



「守だけはあたしの味方だと思ってたのに……違ったんだね……」



 その瞬間、闇の世界が、崩れ落ちていった。







 百合の膝に頭を乗せた状態で、一樹守は意識を取り戻した。心配そうに顔を覗き込んでいた百合は、安堵の表情になり、優しく頭を撫でてくれた。一瞬考え、何があったのかを思い出した。そうだ。自衛官らしき格好の男たちに出会って、島を飲み込むほどの赤い津波に襲われたのだ。

 身体を起こし、周囲を見回した。雨は降り続いているため地面はぬかるんでいるが、それだけだった。津波で木々が倒れたり、瓦礫が流れてきた様子は無い。ただ、あの自衛官二人の姿は無かった。

「……あいつらは?」

 訊いてみたが、百合は無言で首を振った。

 いったい何が起こったのだろう? 津波に襲われたと思ったが、周囲にその形跡は無い。あれは現実だったのか、幻だったのか……判らない。この島に上陸してから理解できないことばかりだ。オカルト雑誌の編集者としては心躍る状況、などとは、到底言えない。一刻も早く、この得体の知れない島から離れたかった。だが、どうすればいい? あの二人組の自衛官はどこかへ行ってしまった。そもそも本当に自衛官かどうかも怪しかったが、とりあえず彼らを探すしかないだろう。一樹は立ち上がった。

 その瞬間、激しい頭痛が一樹を襲った。鉈で頭を割られ、手を突っ込まれて脳をかき混ぜられているかのような痛みだ。目を閉じ、両手で頭を押さえ、痛みに耐える。すると、目を閉じているにもかかわらず何か見えた。雨が降る山道の映像だ。映像は激しく揺れ、息がはずむような声も聞こえる。走りながらビデオカメラで撮影した映像を見ているかのようだ。しばらくして、二人組の男女が映った。一人は百合で、もう一人は一樹自身だった。映像は二人へ近づいていく。そして、百合に手を伸ばした。

「――化物女!!」

 女の声で、一樹は目を開けた。さっきまでの頭痛は、嘘のように消えていた。

「え……? ちょっと……なに……?」

 百合の戸惑う声。どこから現れたのか、大きな花の髪飾りをいくつも着けた着物姿の若い女が、百合に掴み掛っていた。

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