裸の女
『ありがとう』
感謝の言葉を、心から彼に贈る。
彼のおかげで、僕は同じ過ちを繰り返えさずに済んだ。僕は無力で、臆病で、弱虫で、元々クラスの中心的存在なんかじゃなかった。どちらかというと日陰の存在。今の平田洋介は本当の、本来の僕じゃない……
『でも、僕は変わった』
いや、違う。あの事件が起きて、変わらざるを得なかったんだ。あの日の事は、今でも僕の頭の中に強く焼き付いている……
あれは中学2年の頃。僕には幼い頃からとても仲の良い友達がいた。杉村くん。幼稚園から中学校まで、ずっとクラスも一緒だった友達。その友達が虐められ自殺未遂を起こした。生きていたのは単なる偶然。死んでいても、おかしくはなかった……
杉村くんは、僕に対して何度もSOSを発信していた。だけど僕は、何もしなかった。出来なかったんだ。自分がターゲットにされることを恐れて、楽しい環境を壊されるのが怖くて……
今でも夢か幻だったんじゃないかと思うときがある。それ程に、リアルの出来事とは思えなかった。だって僕はその日、彼が窓から飛び降りた時に初めて気がついたんだ。我が身可愛さのために、大切な友人を死に追いやってしまったんだって……
あの日から僕の運命は変わり始めた。どうすれば虐めはなくなるのかを、考えるようになった。
『だけど、僕は失敗した』
僕は虐めを無くすために、恐怖でクラスを支配しようとした。揉め事が起これば両方に同じだけの制裁を与えた。本気で人を殴れる人などそういない。僕が本気で拳を振るっても、殴り返してこれる相手はいなかった……
だけど、それは過ちだった。僕たちに笑顔は消えて、ただの無機質なロボットのような毎日を送ることになった。この事は当時事件扱いされるくらい有名な話になり、異例の対応で全クラスは強制的に解体され、僕をはじめ全員の再編成が行われた。そして卒業まで、厳しい監視の目が残り続けた……
僕にとって、クラスの友達はとても大切な存在だ。いや、それは少し違うか……。僕にとって、大切なのはクラスなんだ。妙な矛盾を孕んでいる事を、僕自身が一番よくわかっている。大切な友達を守るためにクラスを守る。クラスが守られれば友達が守られる。
クラスとは何十人の生徒が一つに集まった組のこと。人の数だけ考えがあり、ちょっとしたことで揉め事を起こす。だから僕が守らなきゃいけない。もちろん、これが杉村くんの救いになるとは思っていない。だけど、せめてもの償いをしたい。そしてそれは、他の誰かを救うことでしかなし得ないと思ったんだ……
『だけど、僕はまた失敗した』
僕は高校に入学して、クラスの中心人物として活動を始めた。僕がクラスをまとめたらいい。恐怖による支配は過ちだった。次こそはクラスを守る、虐めのないクラスにする。
なのに、僕は気付けなかった。まさか、守るべきクラスを僕自身が崩壊に追いやっていたことを……
だけど彼は、エロくんは教えてくれた。手遅れになる前に、この先どうしたらいいのかを……
『握手会』 正直、意味がわからなかった。そんなことをしてなんの意味があるのか半信半疑な僕がいた。だけど、握手会は大成功に終わった。
クラスの雰囲気は一気に明るくなり、握手会を通じて普段話すことのない人が話すようになった。女子の中で、友好関係の輪がどんどん広がっていった。男子も握手会ではしゃぐ女子を微笑ましい顔で見つめ、そこに嫌悪の感情はひとつもなかった。
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