ハーメルン
おねショタ短編集
びりがか

 私にはひとり、男の子の幼馴染がいる。
 おんなじ年に生まれて、おんなじだけの歳月を過ごした。だから当然、彼は私と同い年なわけで、もう『男の子』なんて呼び方をするような歳ではないのかもしれないけれど、それでも私の中で彼はいつまでも『男の子』だった。
 内向的で、気弱で、線が細い。大きな声を出すのは苦手で、いつも下を向いている。そんな要素を今でも引き継いで、おまけに背だって、いつの間にか私が彼を追い抜いてしまったものだから、それも仕方ないことだと思う。
 その印象は、私だけじゃなく傍目からでも変わらなかったらしくて、いつの日だったか、学校でできた友人に訊かれたことがある。

 どうしていつも、あんな子と一緒にいるの。

 たぶん私は、どうしてだろうね、なんて言って苦笑をしたと思う。
 場合によっては侮辱にも捉えられる言葉に、私が激昂することはなく、むしろ、そう問いたくなる気持ちが理解すらできた。それくらい、私とあの子は正反対だった。
 でも一つだけ、私と彼との間には大きな共通点がある。

 それは、花が好きだということ。

 とはいっても、二人がたまたま共通の趣味を持った、なんて素敵なものではない。だって私はただ、つられて好きになっただけだから。


 彼はとても花が好きな子だった。
 運動が苦手で、外で遊ぶのは嫌いだと――たぶん私にだけ――憚らなかった彼の姿を、しかし見かけるのは、いつだってお日さまの下だった。
 汚れるのも気にせず図鑑を地面に広げて、インクの花とほんとの花を交互に見やって、それから満開の笑顔を咲かせる様子がどうにも記憶に残っている。

 そういう訳で……と、繋いでいいのか怪しいところだけれど、彼は私のことをよく花になぞらえた。
 それは、単に花言葉を由来するものだったり。かと思えば、今度はその花の生態にたとえたものだったり。
 とにかく、普通の人ではまずわからないような言葉なのに、その真意についてどれだけ問いただしても、恥ずかしいから、と絶対に口を開かないのだ。
 おかげで私は、『お花博士』なんて友達に呼ばれるようになってしまった。

 曰く、私は向日葵であるらしい。
 これは、それほど難解ではなかった。物事を形容する言葉として一般にも使われているし、そういうことだったのだと思う。
 もっとも、私がその場で意味を理解したような素振りを見せると、すぐさま彼は走り去って、結局ほんとうのところはわからないけれど。

 曰く、私は逆鱗竜であるらしい。
 この時ばかりは、その真意どうこうよりも、そんな名前の花があるのかと驚いたものだ。
 あとから調べてみたけど、どうやら外国に生えるトウダイグサの一種らしくて、見た目はサボテンみたいだった。

 曰く、私は紫陽花で、菜の花で、サクラであるらしい。
 挙げだすと本当にキリがないほど、彼は私の内に、たくさんの私を見つけてくれた。
 初めの頃こそ、婉曲な言い回しに辟易していたものだが、それらみんな、今となっては掛けがえのない宝物だ。

「……ん?」

 ボーッと思考の海を漂っていた私は不意に、小さく袖を引く感触に釣り上げられた。
 視線を向けるとそこには、くだんの彼がそのつぶらな瞳を私の方へとむけていた。
 そこに宿っているのは、自分を蔑ろにされた怒りや不満などではなく、どちらかといえば私を心配するようなものなように見える。

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