10.『拓実、役柄を頂くのこと』
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拓実が華琳の姿に着替えて戻ってくると、玉座の間の中央には桂花がうなだれて座り込んでいた。その周囲には変わらず春蘭、秋蘭、季衣と並んでいるが、揃って沈痛とした表情で桂花を眺めている。華琳はそれを不機嫌そうに玉座から見下ろしているが、それは表層だけで拓実には内心で悦んでいるように見えた。その華琳の心情に一番近いと思えるのは、いじめっ子の愛情というところだろうか。
ともかく、拓実が玉座の間を出るまではこのような異様な雰囲気ではなかったのは確か。あの後に何らかが起こったに違いないのだが、いったいどうすればこうなるものなのか。拓実には見当もつかない。実際に訊いてみた方が早いだろうと拓実は疑問を抱えながら桂花に歩み寄り、声をかけてみることにした。
「桂花、これはいったいどうしたというの?」
「どうした、ですって? 拓実……あんたが!」
うつむき肩を震わせていた桂花は拓実の声が届くなりに顔を上げ、視線で人が殺せたらとばかりに拓実を睨みつけてくる。そんな目で見られる覚えのなかった拓実は、つい目を白黒とさせてしまった。
「ではなくて、拓実様が! 拓実、様が……」
心配そうに覗き込んでいる拓実と真正面から向き合うことになった桂花だったが、放たれる言葉は次第に力を失っていく。
桂花が拓実に向かって言いたいことはいくつもあった。もちろん、怒りだって収まっていない。だが実際にその憤りを発しようにも、桂花の口からそれらは出てはこない。
「私が?」
桂花の言葉から、この状況はどうやら自身に原因があるらしいことを知った拓実は努めて真剣な顔で桂花を見つめる。
「う……、うー……」
その視線に射抜かれて、桂花はついに言葉が続かなくなってしまった。真摯な瞳で自身のみを見つめられているという状況に、本人は必死に抑えているようなのだが勝手に赤面していってしまうようだ。同じく桂花の険のあった表情も、華琳とほぼ同じ拓実の姿を前には長く続かずに見る間に崩れていく。それに気づいた桂花は顔を引き締めて、思い直したように顔を険しくしているようなのだが、結局は拓実が扮する華琳の姿には抗いきれなかった。最終的には必死に抵抗していた反動も手伝ってか、桂花の頬はだらしなく緩んでしまっている。
「拓実様、卑怯です……私がそのお姿に文句を言えないと知っていて」
「何? 桂花は私に文句が言いたかったの? 言いたいことがあるのならば言ってごらんなさい。桂花の諫言を聞き入れられないような狭量な器を持ってはいないつもりよ」
「そ、そんなことはありません! 私が拓実様に、文句などと!」
「先と言っていることが違うじゃない。まったく」
拓実は呆れたようにそう言って、肩を竦めてみせた。何に対して怒っていたのか拓実にはさっぱりわからないのだが、この様子では桂花は話してくれそうにない。
「ふふっ」
そんな二人を見ていた華琳から笑いが漏れる。不機嫌そうにしていた華琳はいつからか、目を細めてこちらを見つめていた。
「駄目ね。拓実と桂花が話しているのを聞いていたら、怒りも失せてしまうわ。桂花、先の失言は特別に聞かなかったことにしてあげる。でも、次はないわよ」
「あ、は、はいっ! ありがとうございますっ」
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