ハーメルン
影武者華琳様
14.『拓実、一日を回顧するのこと』



 拓実、華琳、秋蘭。誰もが黙して語らずに、どれだけが経っただろうか。部屋には得体の知れない居心地の悪さが充満していた。
 そんな中、退室していった桂花の後ろ姿を眺めていた華琳が思い出したように拓実へ顔を向ける。拓実もまた彼女が去っていくのを視線で追っていたが、華琳からの視線を感じて慌てて向き直った。まだ内心では疑問が渦巻いており、意識の何割かは桂花が去っていった出入り口へと向かったままだ。どうにも拓実は目の前にいる華琳に集中しきれずにいた。

「で、何故桂花がああもあなたを避けているのかしら? 拓実、心当たりは?」

 跪きながらあれこれ考えていた拓実は、その発言からようやく華琳も桂花を気にかけていたことを知って目の色を変える。やはり華琳も桂花の異様な態度に気づいていたようで、今もその訝し気な表情を隠さずに拓実を見つめていた。拓実、桂花とも華琳の前では暗黙のうちに平静を装うようにしていたが、最後の応答は二人の不和を察せるほどには不自然に過ぎたようだった。

「いえ、朝議が終わってしばらくしてからは、ずっとあのような様子なのですが……」

 問われて迷うように視線を巡らせた拓実は、しかし桂花が変貌したその理由がわからずに眉根を寄せる。
 拓実は桂花に何かをした覚えはない。強いて言うならば朝議で見下し笑ってしまったことがあったが、朝議の後しばらくは顔を合わせて会話していたのだからそれも考えにくい。いくつか気に掛かるところはあれど、こうまで避けられるようなことをしでかした覚えはなかった。
 伏目がちにしてあれやこれやと考えに耽る拓実を前に、この様子では埒も明かないとした華琳はひとつ息を吐く。

「まったくしょうがないわね。なら今日一日何があったのか、一から報告して御覧なさい」
「……はい。それでは少々長くなりますが」

 前置いてから、拓実は記憶をさかのぼっていく。桂花とのやり取りに疑問を覚え始めたのは、そう、朝議を終えた後直ぐのことだっただろうか。



 ――城内を先導されて歩く拓実は、桂花の後ろで腑に落ちない様子で首を傾げていた。すれ違う文官たちが向けてくる奇異の視線も、疑問が先にたっていて気に掛からない。
 というのも、「仕事について詳しく説明するからついてきなさい」と言葉を受けて桂花の個室へと向かっているのだが、どうにも彼女の様子をおかしいと感じていたのである。

 つい先ほどのことだったが、桂花は突然に足を止めたかと思えばこちらへ振り向いて、じっと拓実を見つめてきた。話しかけてくるわけでもない彼女を不審に思った拓実が何用かと声を掛けたのだが、碌に反応を返すこともせずに踵を返して先を歩き始めてしまった。
 その後も何度かその後姿に声をかけてみるが同様で、一度たりとも拓実に声を返すことをしなかった。まるで拓実の声が聞こえていないかのように歩みを進めている。

 口元を手で覆い隠しながら伏目がちにしている様子からして、考え事をしているのだろう。演技のためにも桂花の一挙手一投足を観察している拓実であるから、それはすぐにわかった。
 しかし、それほどまでに真剣に考えていることはいったい何事なのか。流石の拓実といえど皆目見当がつかない。情報を揃えれば演技している人物の心理さえ把握してみせる拓実にしても、本人に同調できるのはその時々の感情と思考傾向ぐらいのものだ。
 ある程度までは絞れるものの、考えている内容を推察しろと言われれば完全にお手上げである。先日に本人の前で述べた桂花の心情も、性格からくる感情的な思考であったから理解できたのだ。当たり前の話だが、役柄の持つ思考能力や速度、知識量までを真似ることなどどんな名俳優にだって出来ない。それらを下地にして置かれてしまうと、情報不足で思考を組み立てることができないのだ。事実、こうして桂花の思考を辿ろうと拓実は必死になるも、桂花本人が考えている内容に迫ることが出来ないでいる。

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