ハーメルン
影武者華琳様
16.『許定、曹操と手合わせするのこと』



 華琳は一人、豪奢な椅子に腰掛けて考え事にふけっていた。背もたれに背を預け、視線を動かさずにいる姿からはただひたすらに集中しているのが見て取れる。
 今いるのは彼女の自室だが、様子は一月前と一変している。そこにある家具や寝具はそれぞれ、州牧という地位に相応しい高価で煌びやかなものに買い換えられていたのだ。それは華琳が望んでのことではなく、上司が一切の贅沢をしないようでは部下は恐れ多くて息を抜くことができないだろうと秋蘭からの進言があったからである。
 普段であれば気が回るだろうそんなことにも気づかないほどに、華琳は州牧となってからの二十日、目の前のことにかかりきりになっていたのだった。今も机に広げられた竹簡を眺めながら、現時点で得られている情報を頭の中で整理している最中である。

 他の領主が昇進となれば与えられた権力に奢って少なからず贅沢をするところであるが、華琳の場合は数日部下を労うための酒宴を開いたきりで以後そんな様子はない。
 むしろ今回の昇進により、元より多いわけでもない睡眠時間をさらに減らして一層仕事に打ち込んでいる。部下に、そして規律に厳しい華琳であるから、自身の事を輪をかけて厳しく戒めて規範となろうとしていた。
 だが、華琳はそれだけの理由で仕事に夢中になっているというわけでもなかった。今回の昇進によって、以前より思い描いていた国の基盤が少しずつ出来上がっていく喜びによるところは大きい。
 その勤労あって、直轄地拡大に際しての諸般の問題はここ数日の間に改善され始めている。慢性的な人手不足なのは以前からそれほど変わらないが、街にも城にもいくつかの変化があった。

 大きな変化として、内政面や軍の規律だ。今までは従来のものを踏襲して行っていたが、現在は桂花たちの政策を受け入れ、試行錯誤しながらも新しく構築し直している。行なった政策はいくつかあるが、兎にも角にも桂花の働きが大きい。今となってはこの陣営は彼女なしでは成り立たないほどの、かけがえの無い人材となっている。
 特に目を見張るものは今も継続して行なわれている経費削減であった。彼女と比較するのは可哀想かもしれないが、拓実が発案し施行したものに比べると優に数十倍の費用を捻出している。
 とはいえ、拓実の挙げていた節制案も失敗したというわけではない。充分に成功といっていい出来である。管理用の竹簡などの予定外の雑費が増えたことで数字上は大したものではないが、華琳が重点を置いているのは部下育成にある。その効果が目に見えるようになるのは数ヶ月先のことだろう。
 こうした金策によって発生する予算は街の整備や治水工事に充てることが決まっていたが、拓実の節約制度で生まれた予算は予定外だったために浮いた状態だ。しかし新たな政策を起こすほど大した額でもない。通常であれば糧食に換えて蓄えておくべきなのだが、それを実行するかどうかを決めるのは今華琳の目の前にある書簡の案を検討してからでも遅くはないだろう。

 続いて、軍備。管轄地区が拡大したことで内政面の問題の洗い出しをしていたように、軍事面にもまた見直しの必要が出てきている。領地となる全ての街に賊に備えて兵を配備せねばならず、またそれとは別に治安警備の者たちを雇い入れて教育せねばならない。今までとはまったく、必要とする兵数が違う。
 これまでのやり方が通用していたのは、部隊自体が小規模であった故に春蘭による兵の調練が末端まで行き届いていたからだ。しかし今後も同じようにして春蘭を調練に派遣するわけにもいかない。急場で部隊長を派遣して訓練させているが、そのうちに行き届かない部分が出てくるだろう。現状では重大な問題は発生していないが、早急に具体的な不備な部分を洗い出さねばならない。

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