2.『夏侯惇、拓実を誘拐するのこと』
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「……というわけでな。警邏に出ていた先で見つけて、拾ってきたのだ。名前は聞いた覚えがない気もしないのだが、思い出せん」
「ふむ。姉者には色々と言いたい事はあるが、この娘、確かに華琳様に似ているな。毎日華琳様にお会いしている私がこうして間近で見ていても、違うところを見つけるのが難しいほどだ」
今度の春蘭は要点しか話せていなかったが、秋蘭は頭の中でおおまかには補完していた。
つまり華琳を敬愛しているこの姉は、それこそ四六時中でも華琳と共にいたいと思っていたが、現実問題それが出来ないことを理解していた。ならばとその代替案として『等身大着せ替え華琳様人形』なるとても精巧な人形も作っていたが、やはり動かないと不満は残ってしまう。そして次なる案として、どうやら華琳によく似た者を自宅に住まわせれば問題ないのではないかと常日頃から考えていたようである。
敬愛している春蘭が見間違えるほどの容姿を持つ娘などこの世界に二人といるものではないから『等身大着せ替え華琳様人形』を作ることになったのだが、何の間違いか春蘭はそれを見つけてきてしまった。加えてその相手は目的はわからないが旅をしている根無し草であり、春蘭自身が気絶させてしまったということもあって連れて帰るに足る理由もあったわけである。
「それで、どうするつもりなのだ姉者」
「どうするって、うちに住まわせるに決まっているじゃないか。まずはだな、言葉遣いを華琳さまのようになるよう教え込むだろう? そして華琳さまが着ているような服を着せてだな……」
「そういう意味ではないのだが……この娘が起きないことには話が進まないか」
春蘭は喜びのあまりその後についての考えを巡らせているが、そう簡単な話ではない。秋蘭とて、姉ほどとはいえないかもしれないが深く華琳を信奉しているし、敬愛している。これだけ似ているとなれば春蘭の気持ちもわからないまでもなかった。
だが、秋蘭は同時に良識だって持ち合わせている。うちに住まわせるといってもそれは本人の了解あっての話であり、何よりまず行うのは謝罪であるべきだ。勘違いしたとはいえ自ら真名を預けた相手を殴るなど、気持ちはわかるもののかなりの無礼になる。少なくとも、この娘が殴られるだけの責がないことは確かだった。まして相手はただ旅をしていただけであり、たまたま見掛けて勘違いしたのは春蘭側である。
それに春蘭が考えている言葉遣いを強要する計画にしたって、相手が納得しなければこの者の尊厳を踏み躙る行為だ。
「すまないが、姉者。まず私にこの娘と話をさせてほしい」
「む。ずるいぞ秋蘭。そう言って私の楽しみを奪う気なのだろう!」
「あながち間違いでもないな。いいか姉者よ。いくら華琳様と酷似しているからといって、名を預けた相手を殴ったり、連れてきて働かせる理由にはならんのだぞ」
「い、いや確かに殴ったのは悪かったと思ってるが、しかしだな」
「残念ながら今回のことについては姉者が全面的に悪い。私にも弁護できないほどにな。それにもし姉者が強引に事を進めれば、華琳様の名を汚すことにもなりかねない」
そう秋蘭が言うなり、春蘭はあからさまに慌て始めた。焦った顔つきで秋蘭に向かって身を乗り出す。
「私が、華琳さまの名を汚すだとっ!? それはよくないぞ。ど、どうすればいい?」
「まずは目を覚ましたらすぐにでも殴ってしまったことを謝罪するべきだ。その上で話を聞いて、もし仕事や家がないということであればうちで働かないかと申し出ればいい。この娘がどこで働くかは私たちが勝手に決めることではないのだからな。口調や服装に関しての話はそれから、難色を示さないようなら切り出せばいいだろう?」
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