6.『拓実、その正体を暴露するのこと』
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華琳と拓実が呼びかけることで桂花は何とか正気を取り戻したようだったが、しかし最初に見た光景が悪かった。よりにもよって左右から自身に向かって必死に呼びかけている、華琳と拓実の姿であったのだ。
夢の続きとでも思ったか「華琳さまがお二人では、流石の桂花も体が持ちませぬ!」という嬉しい悲鳴らしきものを叫び残して倒れ、再び常世にはない桃源郷へと旅立っていってしまった。
「まさかこんなことになるだなんて。計算違いもいいところだわ」
華琳は気を失って床に倒れている桂花を見下ろしてそう呟いた。いくら主君が突然に二人に増えたように見えたとしても、気絶するとは思わないだろう。拓実だってこんなことが現実にあるのかとびっくりしたものだ。
「とりあえず桂花は起きるまで放置。春蘭も自身で気がつくまでは放っておきましょう」
一応、桂花については寝台に寝かせてあるが、もっと可哀想なことになっているのは茫然自失となっている春蘭だ。でかい図体をしていて邪魔だからという理由で部屋の隅に押しやられてしまったのである。
『拓実は果たして拓実であるのか、だとしたら何故華琳ではないのか』という哲学的な疑問は一旦収束したらしく、独り言を聞くに『華琳に飽きられないためには』といういくらか前向きなものに変わっている。この分では復活も遠いことではないだろう。
「ところで拓実、訊いておきたいことがあるのだけれど。貴女には必然的に、私の影武者として表舞台に出ている以外のところでは変装してもらって別人物を演じてもらわなければならないわ。その辺りは大丈夫なの?」
机に備え付けられた椅子に腰掛けた華琳に訊ねられて、拓実はしばし思案する。
この華琳の質問は、華琳としてだけではなくその他の人物としても振舞えるのか、という意味だろうか。そういうことならば、素の南雲拓実を選択肢から省いたとしても、現代の知り合いでも真似ればいいだろう。男の方は見た目や身長の面で少し厳しいかもしれないけれど、小柄な女性であればまず問題はない。拓実には、悲しいことではあるが。
「ええ、問題はないわ。演じろと言われたら、この私の理解の及ばない役柄でもなければ、演じてみせる。でも、ただの南雲拓実としての性格で充分、華琳と差別化が図れる気がするのだけれど」
「駄目よ、そのせっかくの才を腐らせておくには惜しいわ。普段から磨いておきなさい。……それはさて置いたとしても、私の顔で情けなくされることが何より我慢ならないの」
それはつまり、南雲拓実のままでいることは無様であるから許されないということだ。そんな物言いをされた拓実は当然ながら面白くない。素の状態であれば気の弱さから苦笑いでも浮かべているところだが、演技をしている拓実は不機嫌さを隠さず、華琳を冷ややかに睨みつけている。
物怖じせず真っ向から睨みつけてくる拓実を見て、華琳は笑みを浮かべる。この反応の違いこそが、演技をしていろと言われている所以だと拓実本人は気づいていない。
「ならばそうね……例えばこの場の、私以外の人間の演技は出来る?」
「この場にいる、ね」
拓実は部屋中を見渡した。この部屋にいる人物を一人一人眺めて、今まで得てきた情報を整理していく。
「演技をするには、役となる人物の意志と思想。さらに性格、仕草、口調等を把握してなければならないわ。そういった意味では、この場にいる人物はある程度把握している。その中でも、春蘭が一番揃っているのだけれど」
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