20話 議会
目が覚めて体を起こそうとした瞬間、腹に電撃が走った。
反射的に体を反らそうとすると次は背に、肩に、二の腕にと痛みが駆け抜ける。
筋肉痛である。
間違いなく昨日行ったリングヒット配信が原因だった。
「ふぉ、きっつ……」
産卵に来たウミガメよりのろい動きでベッドを這い、冷水を求めて台所を目指す。
リングヒットとは室内で体を動かして遊ぶゲームの名前である。専用のコントローラーと足のバンドでプレイヤーの体の動きをゲームが認識し、動きに応じてキャラクターがアクションすることでステージをクリアしていく。当然ながらプレイヤーが激しく動けばキャラクターは勢いよく動くし、逆に全く動かなければキャラクターはなにもしない。フィットネスとゲーム性を両立させた全く新しいゲームは瞬く間に業界で話題になり、多くのVtuberたちがリングヒット配信を生み出しているのだ。
そういうわけで購入してみた。
切っ掛けは同期のリジアに誘われたことだった。
その誘いはヒュー子を入れた三人組でステージクリア速度で競争するコラボはどうかというものだった。
面白い企画だと思ったし、彼女たちと仲良くなりたいのもあったので私は一も二もなく頷いた。お互いに未プレイということで事前練習はせずに初期設定と動作確認だけをして挑むのだ。リジアが細かいレギュレーションを決めてヒュー子と私が告知を担当。三人で誰が一番早くゴールするかの予想などでリスナーたちは大きく盛り上がってくれた。
「う、ぐ、ぐ……。くやじぃ……」
結果は惨敗。
よく考えてみたら、私はこの世界に転生して数ヶ月のあいだ運動どころかほとんど外出してこなかったのだ。
目を閉じると蘇ってくるあまりにもあんまりなコメントの数々。『フィジカルクソザコ人狼』だの『陸上は初めて?』だの『日光耐性の代わりに体力を捨てた女』だの『この体力で登山したいとか言われた富士山の気持ちを考えて』だの。リスナーの一位予想に挙げられてドヤっていた自分を殴りたくなるほどに散々な有様だった。
自信はあったのだ。
前世では運動が好きなほうだったし、何より見た目十代の若い体だから体力があると思っていた。だからスタート前はいろいろと大口を叩いてしまっていた。
私一人だけ遅れてゴールしたときの、大笑いしたヒュー子といたたまれない表情のリジアを一生忘れない。
「ひぃ……ふぅ……」
蛇口をひねるいまの私の動きは、ゾンビとどっちがマシなのかなとどうでもいいことを考える。背筋の痛みに目をぎゅっと瞑りながらコップを呷れば、ひび割れた全身を清涼感が通り抜けていった。
ふう、と大きく深呼吸。
外はすっかり明るくなっている。もう昨日の配信は熱心なファンたちに切り抜かれアップロードされていることだろう。ゲーム中にさんざん悲鳴を上げたし、負け惜しみだって相当言った気がする。正体がバレるようなことは言ってないけど見るのが怖い。
とりあえず歯磨きと朝食を済ませて軽くデスコやSNSなどを確認しよう。
そう思いさっそく洗面台を目指そうとして、太股の痛みにしばらく蹲った。
人間の私は朝に起きて夜に眠る生活を送っている。ちょうど吸血鬼からしたら昼夜逆転生活になるだろう。
朝から昼に掛けての時間帯は吸血鬼にとって食後から就寝までのあいだに相当し、もっとも配信や動画投稿が盛んになるタイミングだ。昨日のコラボも昼まで行っていたのだが、私は疲れに疲れてシャワーのあと眠りについてしまい、目を覚ましたときには朝になっていた。
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