ハーメルン
北天に輝く
自我揺籃─Reaching for the forbidden fruit

「まずはルールを決めよう」

ぐちゃぐちゃになった部屋を掃除し、机や食器を調達し終えてひと段落着いたところでおれは提案した。
これから生活していくにあたっては、ルールの整備が必須だ。こいつを野放しにしたらどうなるか見当もつかない。勝手に出歩かれて死なれても困るし、余計なことをされてそれに巻き込まれるのも御免だ。

「ルール?……めんどくさいわねえ」
「好き勝手やられても困るからな。これも契約の内だ」
「はあ……まあいいわ。で、そのルールってのを早く言いなさいよ」
「これから決めるって言っただろう。人の話を聞け」
「はいはい。……そうね、まずはあんたが言ってた三つの保障をきちんとしてもらおうかしら」

……毎度思うんだが、なぜこの女は雇われの分際で高圧的なんだろうか。
元々の気質か?それともおれが手出ししてこないと踏んで、態度だけは対等でいようというプライドからくるものなのか?相手が相手ならぶち殺されてるところだぞ、それ。

……と言いつつ、割とこの感じを楽しんでいるおれもおれか。
一時期の同じ一日の繰り返しという恐怖から解放されたことによる心の余裕からなのか何なのかは知らないが、こういうやり取りを憎からず思っている自分がいる。
モローみたいな傭兵連中と軽口を叩きあうのとはまた違った感覚。うまく言葉にするのは難しいけれど、何か懐かしいような、落ち着くような、そういう感覚だ。
……ペットとのじゃれあいという感じか?うん、それが一番近いかもしれない。
この女の態度も、子犬がキャンキャンと吠えているようなものだと思えば、可愛らしいものだ。

「……ちょっと、何よその目。なんかこう……ムカつくわね」
「気のせいだろ。で、三つの保障だったな」
「ふん……ええ」
「住居、食事、安全。初めの二つについては……まあ、もうだいぶ分かっただろう?」
「そうね。そこに関しては特にいうことはないわ。ここに住めれば十分。食事もあんたが作るんでしょ?」
「……基本的にはそうだな」
「それはよかったわ。……シェフ、期待してるわよ」
「現金な奴め。……でだ、問題は三つ目だよ」
「……まあそうなるわね。別にあたしは無くてもいいけど……」
「おれが困る」
「そうよねえ……」

悪そうな顔でニヤリと笑う女。
……そう、ここが一番の問題なのだ。極論、安全を確保するんだったら誰にも見つからない場所に監禁でもすればいい。四肢を縛り付けるなりもぎ取るなりしておけばまず逃げられないし、効率だけを考えたらこれが一番いいだろう。
だが、おれの特殊な事情がその選択肢を封じ込める。
どこぞの王族なり何なりとは異なり、救出されないように閉じ込めておくのが目的ではなく、死なれないのが第一に必要とされていることなのだ。
舌をかみちぎる、絶食、その他諸々。いろいろと対策を講じても、手段を選ばないのであれば自殺を完全に防止することは難しいし面倒だ。
だからこその契約。双方にメリットのある一種の協力関係を築くことが、遠回りのように見えて最善の選択肢だというわけだ。
そして、おれはこの事情のことをうっかりこいつに言ってしまった。そのせいでおれは今目の前の女のいやらしい笑みを拝むことになったというわけだ。……ああ忌々しい。

「ま、あんたがどうしてもって言うんだったら考えてやらないこともないけど……」

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