ハーメルン
ポケットモンスターHEXA
第二章 五節「裏か表か」

 オレンジの火柱が屋敷の壁を破り、地面へと際限なく降りしきる雨を蒸発させた。だがそれも一瞬のこと。静寂を取り戻した雨の夜は先ほどまでと同じ様相を見せる。光線が走った現実を塗りつぶすように、すぐに新たな雨粒が地表へと落ちる。その一粒が瓦礫へとぶつかって弾けた。

 アヤノは傍の地面に落ちた雨粒の音で目を覚ました。見ると世界が九十度回転している。地表から立ち上る雨の香気が地面に面した頬から匂ってくる。どうやら自分は地面に横向けに寝そべっているらしい。

 目をうっすらと開けて、身体の感覚を確かめてみる。感触がぼやけているが手も足もまだついていた。

 アヤノは両腕で抱いているエイパムの無事を確認する。視線を胸へと移動させると、エイパムのくせっぽい紫の毛が立った頭が見えた。体温もしっかりと感じる。

 ――生きている。

 雨に濡れて冷たい自身の身体を抱いてそう感じる。どうやら「はかいこうせん」は寸前のところで反れたらしい。おそらくアブソルの身体に限界寸前までダメージが蓄積していたためであろう。高密度のエネルギーを支えきれなかったアブソルはあの瞬間、瓦解した。視界がオレンジに染まる瞬間にみた光景をアヤノは思い出す。

 光線を発射した時にアブソルは完全に力尽きた。技の反動に耐え切れずに、アブソルの皮膚から血が霧のように噴出したのを見た。

 アヤノはそういえばカリヤはどうしたのだろう、と思い立つ。アブソルがいなければ、彼は戦えないはずだ。

 起き上がろうとすると鈍い痛みが走ったが、それでもアヤノは手で身体を支えながら上半身を起き上がらせる。どうやら破壊の瞬間の破片で切ったらしく、足首から血が出ていた。この足では立ち上がれそうに無い。アヤノはその場から屋敷のほうを見た。

 破壊光線が通ったであろう壁には、巨大な穴が口を開けていた。見ると、屋敷から随分と飛ばされたらしく、今居る場所から屋敷まで十メートルはあった。

 その時、穴の近くで何かを探すように首を回している人影が視界の中に入った。その人影の後ろをふらついた影が追随する。アブソルとカリヤであった。

 カリヤは瓦礫の上に立ち、周囲を見回している。恐らくアヤノとエイパムを探しているのだろう。

 ――逃げなければ。

 見つかればどうなるか分からない。アヤノは立ち上がろうとした。

「……痛っ」

 立ち上がろうと足に力を込めた瞬間、足首から鋭い痛みが駆け上がってきた。見ると、足首から血が先ほどよりも流れ出ていた。その痛みに思わず顔をしかめうずくまってしまう。だが、早く逃げなければカリヤに見つかってしまう。アヤノは足の痛みに耐えながら、地に手をついて立ち上がった。

 片足からは相変わらず流れる血が湿っぽい泥の地面に滴って汚い色になって雨に混ざる。アヤノは足を引きずりつつ、その場から離れようとした。ジムからポケモンセンターまではそんなに遠い距離ではない。

 その時、ふいに後ろが気になってアヤノは振り返った。その瞬間、周りを見渡していたカリヤと目が合った。

 ――まずい。

 そう思ったときにはカリヤが既にこちらに向けて走り出している。アヤノも走ろうとしたが片足が枷でもつけられているかのように重く、動かすたびに痛みが走る。胸にエイパムを抱えているせいでさらに上手く走れない。アヤノはあっという間にカリヤに追いつかれ、後ろから髪をつかまれてそのまま引っ張られた。成す術もなくアヤノは背中から泥の地面に倒れる。相当強い力で引っ張られたせいか、背中に鈍い痛みを感じた。

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