第二話「若者のすべて」
草むらが揺れる。息を詰まらせて見つめていると、茶色い翼を広げてポケモンが飛び出した。
ポッポと呼ばれるポケモンだ。距離は五メートル。草むらを挟んでいるので向こうはこちらに気づいた様子はない。ポッポは短い足でゆっくりと着地すると何度か身体を揺らしてから特徴的な声を発して歩き出した。
喉の奥でくぐもったような声だ。そう感じながらユキナリは鉛筆を立ててポッポの大きさを目視では測る。ポッポの動きが変わらないうちにスケッチブックに当たりをつけ、まずは骨格と動きをイメージする。頭の中で組み上げた動きと現実の動きの齟齬を出来るだけ少なくする。これは削り取る、という作業に似ている。
現実の動きは得てして頭の中で描くよりも豊かで、どう行動するのか読めない。だから頭の中で固定化する。幾つかある動きの選択肢を削って、最適化してキャンバスに落とし込む。ユキナリは乾いた唇を舐めて、「動くなよ」と呟いた。スケッチブックに描かれていくポッポの姿が輪郭を帯び、あともう少しで生き生きとした稜線が描き出される、と思われたその時である。
「あー! やっぱりここにいた!」
無遠慮な声にポッポが驚いたのか、飛び去っていった。ユキナリが名残惜しそうにそれを眺めていると後ろから蹴りが飛んだ。よろめいて草むらへと顔を突っ込む。紫色のねずみポケモン、コラッタが慌しく二、三匹駆けていく。ユキナリは自分を蹴った相手を振り返った。
「何するんだよ」
視線の先にいたのは少女だ。茶髪をポニーテールにして結っており、強気な吊り目が印象的だった。腰に手をあて高圧的に口を開く。
「何するって、あんたこそ何してんのよ。ユキナリ」
「僕はいつも通りスケッチだよ。そっちこそ何? ナツキ」
幼馴染の名前を口にすると、ナツキは唇をへの字にした。
「またスケッチ? あんた今日は平日よ」
その言葉に、「心外だな」とユキナリはスケッチブックについた土を払う。
「休日と平日の違いくらいは分かっているつもりだけど」
「だったら!」とナツキがユキナリの耳を引っ張った。
「スクールにきちんと通いなさいよ!」
「痛い! 痛いって! 暴力反対!」
ユキナリはナツキの手から逃れながらふぅとため息を漏らす。
「スクールって言ったって、ニシノモリ博士の個人塾じゃないか。都会のスクールとは違うんだよ」
「あんた、本当に馬鹿ねぇ」
やれやれとでも言うかのようにナツキは首を振る。ユキナリは少しばかりむっとした。
「何が馬鹿だって言うのさ」
「ニシノモリ博士はポケモンの権威よ。その博士が、わざわざこんなド田舎、マサラタウンまで来て個人塾を開いてくださっているのは何のため?」
「自分の権威をひけらかすためだろ」
ユキナリが冷淡に告げるとナツキは、「違う!」と喚いた。
「ニシノモリ博士は都会と田舎の学力格差に憂いていらっしゃるのよ。だから、こんなド田舎の町で個人塾を開いてくださっているの。なのに、あんたは今日も行かないで」
「僕が行こうが行くまいが勝手だろ」
ユキナリは額から両端に垂らした前髪を払った。スケッチブックを脇に挟み、立ち上がる。
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