ハーメルン
ポケットモンスターHEXA BRAVE
Shangri-La

 見渡す限り闇の断崖だ。それが広がっている。

 光を吸い込み、呼吸音さえも呑み込んでしまいかねない常闇に、カルマは視線を投じながら問いかける。

 ――ここはどこだ?

 足元を見やる。

 吸着剤を施された足裏が金属板を踏んでいた。金属板は幅がカルマの数十倍はある。太陽光を反射する部分が反対側についており、そちらに直接当たれば一瞬でたんぱく質の身体は炭化してしまうだろう。

 カルマは頭上を仰いだ。無辺の闇の中では頭上、という言い方さえも正しくなかったが、そう形容するしかなかった。見上げた先にあるのは赤茶けた大地だった。青白い光を漂わせる半球が視界を覆い尽くす。視界に捉えた対象物に対し、カルマは知っている、という認識を向けた。自分はあそこから来たのだ。青い地表は海だろう。まばらに縮れた雲が浮かんでいる。赤茶けて見える大地は決して広くはない。ほとんどが海だ。

 随分昔に、海を広げるべきという派閥と、陸を広げるべきという派閥がホウエン地方で抗争をしていたという話を思い出したが、こうして仰いで見れば、陸は圧倒的に不利なのではないだろうか。それとも、とカルマは思う。不利だから、戦おうとしたのかもしれない。最も幸福だったのは天空だろう。海の派閥が祭り上げたポケモン、カイオーガと陸の派閥が支持したポケモン、グラードンが争った時、天空を司るポケモンが争いを治めたと聞いている。さもありなん、とカルマは景色を見ながら思う。陸と海に分かれるよりも、天空という一単位に属したほうが賢明である。陸と海は繋がっているが、天空はそれらを覆っているのだから。支配、という位置関係には最も近いだろう。

『作業工程、Bプランに移行。16番、ノイズが多いが聞こえているか?』

 自分の担当する名前が呼ばれ、カルマは慌てて返した。「了解。通信環境は良好」と返した言葉に、『ならいいのだが』と渋い声が響いた。

『今次作戦を以って、歴史が変わるんだ。気を引き締めるように』

 硬い声は現場の指揮官としては優秀なほうである、とカルマは判断した。カルマは金属板が繋がっている対象物を見やる。それはたとえるならばバラの花のような形状をしていた。カルマのいる金属板はさしずめ茎から伸びる葉っぱである。花弁に当たる部分には遠心重力を発生させるドーナツ状のリングがある。花弁自体もゆっくりと回転しているようだった。

 カルマは命綱の伸びている先へと視線を向ける。小型のポッドだった。形状は円筒形で片側にバーニア、片側には船外作業用の銀色の取っ手が円弧を描いている。窓は少ない。来る時には大型のロケットが用いられたが、切り離されたポッドは小さなものだった。大人が五人も入ればもうすし詰め状態である。ポッドから三人の宇宙服がバラの花に取りついている。蜜を吸うアブラムシのようだった。ポッドには今は二人の同僚が常駐しているはずだ。その中の一人、リーダー格の男からの通信である。

 宇宙服が翻り、反射した光が網膜の裏に残る。カルマは今更に、ここが地上ではないと自覚させられた。宇宙空間での作業に当たって、カルマは一通りのマニュアルには目を通した。訓練もこなしてきたつもりだったが、実際にやるのとでは印象が随分と違う。現実感が希薄なのである。金属板の裏を踏みしめている足や、断続的にヘルメットの中に聞こえる自身の息遣い。通信を僅かに震わせる誰かの声や呼吸。全てが現実から遊離しているかに思える。落ち着け、と自分に言い聞かせる。何度も訓練を重ねてきたじゃないか。

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