ハーメルン
ポケットモンスターHEXA BRAVE
第三章 一節「潜入任務」

 穏やかなジャズの調べが店内を満たしている。女神の腕に抱かれているような安息を聴く者に与える音色にカウンターの中でコップを磨いていた店主は目を瞑っていた。

「よし、勝負だ」

 その声に店主は目を開く。

 視線の先に二人の青年がいた。

 一人は灰色の髪を撫で付けており、がっしりとした体躯はいかにも老練しているかのように見えるが実のところはまだ歳若い。眼鏡をかけており、神経質そうに手に持ったトランプを眺めている。店主は彼の名前を知っていた。エドガーというリヴァイヴ団の団員だ。

 対面に座っているのは長い前髪で片目が隠れている青年だった。細身で少々虚弱な印象を受ける。声を発したのは、このミツヤという青年のほうだった。彼の声は上ずったように高いため、耳に残る。

「いいが、ミツヤ。予め聞いておくが、イカサマがあった場合、どうなるのか分かっているんだろうな」

 エドガーが片肘をテーブルについて訊く。ミツヤは、「もちろんだとも」とトランプで顔を扇いだ。

「賭けた金の倍払うんだろ。エドガーの旦那、あんたはちょっと気にしすぎだと思う。そう神経質になるもんじゃない」

 ミツヤが首を引っ込める真似をすると、エドガーは承服したようにトランプに視線を向けた。その瞬間、ミツヤの手首からトランプが交換されたのが店主の目に入った。エドガーは自身の手札に集中していて、見逃したようである。ミツヤは素知らぬ顔で、「あまりいい手じゃないな」と呟いた。エドガーは息をついて、「よし、いいな?」と確認の声を出した。ミツヤは緊張の面持ちで頷く。

 お互いの手札が出されたが、ミツヤの手札は最強の手だった。それを見てエドガーが目を見開く。ミツヤはひそかに笑みを浮かべる。テーブルの中央に置かれていた紙幣を手に取り、「じゃあ、これはかけ金として俺の分に……」と引き寄せようとしたのをエドガーの手が掴んだ。ミツヤが掴まれた手首を振り解こうとすると、手首からトランプが滑り落ちた。ミツヤが、「あっ」と声を上げた瞬間、エドガーがミツヤの襟首を締め上げた。

「イカサマだ!」

 激昂したエドガーを宥めるように、ミツヤが、「まぁまぁ」と口にする。

「そう怒ることないじゃないか。な? 俺達だけの勝負なんだし」

「身内の勝負なら何をしてもいいって言うのか? お前は?」

 今にも殴りかかろうと拳を振り上げたエドガーに対してミツヤは、「悪かったって」と言った。

「もう一回やり直そう。そうすりゃ、結果も違ってくるだろうさ」

「お前はいつもそうだな」

 エドガーがミツヤを突き飛ばす。ミツヤは椅子から転げ落ちて呻き声を上げた。

「一回イカサマをする。次はイカサマをしないと誓う。その勝負ではイカサマはしない。そうだ、確かに約束は守られているようではある。しかしだな、そもそもの前提としてイカサマをしないのが当然のことだろうが」

 エドガーが指差して糾弾すると、ミツヤは肩を竦めた。

「悪いとは思っているよ。でも、悪癖ってのは抜けないもんなんだ」

「この野郎!」

 エドガーがミツヤに掴みかかった。ミツヤは逃れようとしたが、エドガーの力が強いためにすぐに引き寄せられた。テーブルの上にミツヤが叩きつけられる。エドガーが拳を振り上げた。その時である。

[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/8

[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク
携帯アクセス解析