004 私は私のまま。
「あー、お前の名前なんだっけ?」
「トガです! トガヒミコ!」
「あっそ、んじゃヒミコ。クソ熟睡してる俺を滅多刺しにして部屋を血で汚したうえに、こんな真っ昼間に起こした罰だ。味見させろ」
「え、なにを、あの……心の準備がまだ」
「うるさい」
「……あっ」
そう言って、血影は無造作にヒミコを手繰り寄せ、手首を押さえてそのまま首筋へと牙を突き立てた。
(え、美味っ。めちゃ美味いわコイツの血ヤバっ)
濃厚な血の匂いが鼻腔をくすぐる。
そして口いっぱいに広がる至福。
この血を思う存分に味わいたい。
それは血影にとってあまりにも抗いようのない誘惑だった。
吸血は大抵野外で行うため常に周りを警戒をしなければならない。
だが、久しぶりにそんなことを気にする必要がないのだ。
ほんの少し理性が薄れてしまったとしても、仕方がないことだろう。
「……はぅ、あ……」
ヒミコは体の芯が震えるような甘美に疼いた。
溢れる多幸感に満たされる。
性的快感が全身を駆け巡り、半ば開いた口からは情けない涎がダラりと垂れた。
(やっぱり同じです……ブラッド様は私と……)
噛み付かれた首筋が熱い。
そこから表現し難い官能がさざ波のように広がっていく。
それがとても心地よくて、麻酔のようにヒミコの意識をぼんやりとさせてしまう。
(……雌の匂い……うわぁ最悪だー、やってしまった)
だがここでようやく、人一倍優れた嗅覚が血影を我に返らせた。
「……あぅ」
血影が牙を抜くと、ヒミコは名残り惜しそうな声を漏らす。
だがそれを気にすることなく血影は乱暴にヒミコをどかした。
すると、ヒミコが元いた場所には───
「あっ。───み、見ないでください!」
「はぁ……お気に入りのカーペットだったのに……」
「ブラッド様のせいなのです!」
「そうだな……これは俺のせいだわすまん。だからナイフをおけ。お前ほんと隙あればナイフ持つよな」
「刺す。刺します」
カーペットには“シミ”ができていた。
それをヒミコは片手で隠しながら、もう片方の手に持ったナイフで血影を切り刻もうと何度も振るう。
彼女なりの照れ隠しなのだろうと理解した血影は、ナイフを躱しながら言葉を続けた。
「いや、ぶっちゃけお前の血マジで美味しいわ」
「……そう、ですか……そんなこと言っても許してあげませんけど!」
『血が好き』という今まで誰にも理解されず、社会から認められるために抑圧してきた嗜好。
そして初めて出逢えた同じ嗜好を持つ存在。
やはり自分と同じ。
そう思える血影の言葉がヒミコにとってどれほど嬉しかったか。
それを直接伝えることが躊躇われるためか、ナイフをさらに激しく振り回すこととなった。
「ナイフを振り回すな。さっき俺と約束したよな? もう忘れたかよ」
「……ブラッド様が悪いです。乙女にこの仕打ちはないです」
「あっそ。どうでもいいってのんなもん。あ、そういえば───恋人になりたいーとか、結婚してーとか言い出すなよ、ダルいから」
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