ハーメルン
東人剣遊奇譚
第11話 炎の奪還劇


「はっ!」

 家臣が去った後、慌ただしくなった館。ダイアラスは脳裏に最悪の展開が思い浮かぶ。その悪夢を振り払うために、彼は急いで行動を開始した。


 ダイアラスが慌ただしく駆けずり回る使用人を押し分けて向かった先は客間の一室だ。
 扉の前で直立不動で守りを固める二人の兵士は主の姿を見て敬礼するが、その主は一秒でも惜しいとばかりに兵に扉を開けさせた。

「ご機嫌麗しゅうサラ王女。当家のベッドは快適でしたか?」

「ベッドは良い物ですが、館の主の品格に見合った物ではありませんね」

 開口一番の挨拶に対して、サラはありったけの侮蔑をもって返答した。蔑まれた男は懐のナイフに手を掛けようとしたが、自称寛大な心で自重した。そして気を取り直してにこやかに笑う。

「元気があって結構。さて、朝食をご用意したいところですが、あいにくと今は立て込んでおります故。別の場所に移っていただくやもしれませぬ。平にご容赦を」

「まるで夜逃げような慌ただしさですね。いったい何に追い立てられているのかは存じませんが器が知れますよ」

「これは手厳しい。ですがこれも貴女様のためでございます」

「そもそもヘスティと手を組んで平穏を壊して戦乱を望むというのに、ただの火事に狼狽えるネズミ風情が何を言う」

「―――――調子乗るなよ『混じり物』。私の慈悲で生かされているのを忘れているようだな」

 怒気を漲らせて一歩一歩近づくと、小生意気なメス犬は顔を強張らせて後ずさる。
 その怯えに気を良くした絶対者は打って変わってにこやかな笑みを取り戻した。最初から従順にしていれば怖い思いをせずに済むのが分からない犬には鞭が一番効果的だ。
 悔しそうに睨む子犬は時として愛おしくすら思えた。
 こんな犬でも王の血を引く大事な駒。いざとなったらこいつだけでも連れて隠し通路から逃げねばなるまい。

「街の方が少々騒がしいですがじきに収まりましょう。あとで朝食を――――――――」

「館に煙がっ!火がこっちにもきたぞー!!」

 誰かが恐怖に怯えながら叫ぶ。館内からあちこち煙が立ち込め、サラの客間にも流れ込んできて咳込んだ。煙が染みて目を開けている事すら困難だ。
 誰もが本能的恐怖からパニックに陥り、我先にと逃げ出そうとした。
 兵士も逃げ出したかったが、目の前の主人を放ってはおけず避難を促そうとした。しかし後ろからの強烈な衝撃で意識を失う。
 代わりに煙と共に客間に入ってきたのは口を布で覆ったヤトだった。

「ヤトさん!」

「助けに来ましたよ。そっちの領主はどうします?殺します?」

 ヤトはまるで朝食の卵の焼き方を尋ねるかの如く軽い調子で殺人を口にする。相変わらずの調子にサラは呆れていいのか喜ぶべきか迷った。
 対してダイアラスは抜き身の赤剣を見て恐怖した。この騒動は全て自分を殺すためのお膳立て。逃げ場は完全に塞がれた。直感的に唯一の逃げ道は『混じり物』を人質にして逃げる事だと気付いた。反射的にサラの方を見ると、鼻先に剣の腹が見えた。

「鼻毛が伸びていますが、切って差し上げましょうか?それともまつ毛の方が好みですか?」

「待ってください。殺さないと約束したのを忘れたんですか!」

「分かっているから首を飛ばしていないんです。鼻や目が無くても人間は死にませんよ」

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