男体盛り。
まあ、それはともかく本題に戻ろうじゃないか。
だって、このまま脱線していちゃいつまで経っても現状把握が追いつかない。
というか、むしろ分からないことが増えていってる!
……じゃあ、まずは現時点で浮かんでる疑問をいくつか挙げてみよう。
例えば、刺身が俺のベッドにいる状況だ。
高校生にもなった兄妹が、同じベッドで、同じ布団にくるまっている。
それも、妹が俺に馬乗りになった状態で朝を迎えたのだ。
……いやまあ、常識的に考えて一晩中馬乗りだったわけはないんだけど、状況はこの通り。
刺身が俺の腰のあたりに太ももをひらいて乗り、手をシーツの上についている。
……うーん、刺身が俺の上に乗ってるって表現、考えてみたらすごく嫌だな。
俺の上に魚の刺身がずらりと並べられた絵が浮かぶというか……。
俗にいう男体盛りというやつを思い浮かべちゃう。
……いや、あんまり俗に言わないけど。
「お兄様の男体盛りですか……! お刺身は、サーモンが好きです!」
「聞いてないよ! 兄の男体盛りをイメージして好きな刺身を語らないでよ!」
「もちろん、お兄様の好きな刺身は、このわ・た・し、ですよねっ?」
「やかましいわ! 俺が好きなのはブリの刺身じゃあ!」
「……そう、ですよね。わたしなんか、お兄様の一番になれませんよね……」
俺の心ない一言に、口をひくひくさせて瞼に涙をためる刺身。
困ったぞ、刺身が今にも泣いてしまいそうだ。
こんな時、兄の俺には何ができるだろう。
すぐに「これは勢い余って口をついて出ただけで、そんなことは思ってない」と訂正できたら一番良かったんだろう。
でも、すでにそんなことができるタイミングは過ぎてしまっている。
じゃあ、俺にできることは……。
ダメだ、思いつかない。
有能司会者だった妹が不在である今、脳内会議が滞ってしまっている。
と、そうして俺があたふたしてる間に、刺身のまぶたから一滴の滴が……!
くそう……俺はこんなにも申し訳なく思ってるのに、無力なのか!
俺は、妹の笑顔ひとつ守ってやることができないのか……!
……刺身は小さい頃、病弱だった。
歩くこともままならない病気で、移動はいつも車椅子。
でも、俺が移動すると、後ろをよくついてきたんだ。
お兄様お兄様って、俺のことを呼びながら。
……そんな健気な妹が元気になって、大きくなって。
それでも、俺はまだ彼女の袖を涙に濡れさせてしまうのか。
いいや、違うだろうこの俺よ。
お前はそんなダメな兄貴じゃないはずだ。
ダメな兄貴であることは認めるが――
それでも、妹の笑顔を泣き顔に変えてしまうほどダメな兄貴じゃない!
意気込むと、俺はもう一度目の前の刺身に向き合う。
そうして、彼女の目から今にもこぼれそうな一粒の滴を――
――たまっていた目の水分ごと、全部舐め取った。
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