ハーメルン
現代日本で突然妹がレベルアップした件。
ブラックアウト。

「……で、お兄様? レベルアップというのは一体……?」
 もう少し揉んでいたかったけど、本気で殺されそうだったから手を離して。
 刺身が真っ赤になった頬、耳と荒くなった呼吸を整えているのを待って。
 しばらくすると、冷静さを取り戻した刺身が俺に尋ねてきた。
 尋ねてきたのはいいんだけど――
「いやいや、こっちのセリフだって! レベルアップってどういうことなんだ!」
 ――訊かれたところで、俺が知っているはずもない。
 刺身の身に起こったことなんだから、むしろ刺身の方に心当たりがありそうなもんだが……
 ……いや、待てよ?
 よく思い出せ。
 いつだったかは忘れたが、ここ最近レベルアップという現象を深く考えた覚えが……
 ……ダメだ、思い出せない。
 どこかで絶対にレベルアップと深く関わったはずなんだが、靄がかかったかのようにそれだけが脳内で隠蔽されている。
 もどかしい。
 たどり着けそうでたどり着けない答え。
 それは、頂上の見える砂山に滑り落ちながら登ろうとしているかのようで。
 とにかく、今のままでは答えは出ないだろう。
 砂山を登るためには水をかけて地盤を固めること。
 靄がかかっているなら払うこと。
 ただ直球で答えを出そうとするのではなく、工夫が必要不可欠なのだ。
 急がば回れ、ということわざがある。
 今の俺には……回ること、すなわち冷静になることが求められている!
 つまり、今俺が最優先して行うべき行動は――

「だから揉まないでくださいです――っ!」

 ――とりあえず手段を選ばず落ち着くことだと思ったんだけど。
 てのひらに柔らかい感触が広がった後、額に硬い何かが降ってくる。
 見覚えのあるデザインのそれは――ついさっき見たばかりの目覚まし時計だ。
 ごめん父さん、母さん……俺、妹のおっぱい触って死にます……。
 まだ見ぬ友人も、まだ見ぬ恋人も、まだ見ぬペットのネコも……ごめん。
 俺、もうちょっとこの世にいたかっ……いや、まだ見ぬからそうでもないけど。
 と、とにかく俺は死んでしまうようです!
 さようなら……刺身!
 直後、頭部に衝撃が走る。
 一瞬で視界が真っ白に光り、点滅する。
 それから世界は不鮮明になり、やがて闇に包まれていき、ブラックアウトする。
 遠のく意識の中で、微かに声が聞こえた。
 啜り泣く声。
 それに続いて、絶叫。
 かろうじて聞き取れたその内容は、妹による切ない想いであった。
「どうしてお兄様が……どうして……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
 ……お前が殴ったせいじゃ――!

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