00-XX1
昔の夢を見た。初めて家出をした日のことだった。きっかけはあまり覚えていない。自分にとって何か耐え難いことが起きたのだとは思う。
十月十五日。夏休みも明けて一月経ったころのことだった。その日は縁日で、自分の家の近くでも人がたくさん集まっていた。
二階の自室から見た楽しそうな人たち。それが今の自分とは対照的で、自分もそうなりたいと思った。だから貯金箱の中身を財布に詰めて、ベランダに置いてあったサンダルを履いて、二階の窓からこっそりと外に飛び出す。
最初のうちは周りの雰囲気に中てられて楽しかった。家族ではこんなところに来たことはなかったから。ヨーヨー釣り、リンゴ飴、焼きそば、にぎやかな屋台とそれに並ぶ人たちを眺めて、スルーした。あの時の私の目的はただ一つ。袋いっぱいに詰まった綿菓子が欲しくて仕方がなかったのだ。
どこまでも続くように思えた横並びの屋台を進んで、私は綿菓子を探す。けれど、それがすぐに見つかることはなかった。私は次第にムキになって走り出す。ペタペタと音が鳴るサンダルが装備として頼りなかった。
結論を言ってしまえば、私はどれだけ奥に行っても綿菓子を買うことができなかった。それどころか、人がいた場所から外れ、ただ風が吹く音がする暗がりへ移動していた。
少し離れた場所にもあるかもと深堀し過ぎたことにその時になって気が付いた。さーっと体温が急激に下がっていく。
能動的に自分の家から出ることがなかった私にとって夜は不安の象徴だった。暗い場所は怖い。自分がどこにいるのかもわからない。そういった自分ではどうにもならない無力感が幼い私を支配していく。
サンダルが石ころに引っかかった。バランスを崩して、私は思いっきり転んだ。
こんなことなら家出なんてしなければ良かった。自分はさっきまでいた人達に近づきたかっただけだった。自分とは対極で常に楽しそうにしている人たちの真似をしたかった。そんな小さな望みさえ叶わなかったという事実に耐えられなかった。私は、久々に泣いた。
「おい。大丈夫か? 随分と派手に転んでいたみたいだったけれど」
やや高い、学校でも聞くような幼い声。その声につられて顔を上げるとヒーローのお面を少しずらして被った男の子が私のことを見ていた。立っている場所から見て自分とは反対側方向から来たみたいだった。
「……へーき」
「んな泣きそうな声で……いや、泣いてるな」
「泣いてない」
裾で雫をぬぐった。強がって彼を睨んだ。きっと彼は反論する。小学生は何かにつけて白黒つけたがる。ついでに言うなら、自分の思っていることがすべて正しいように押し付けがちだ。そういうところが苦手で私はクラスに馴染めていなかった。
「じゃあ我慢できたんだな。多分俺なら泣いてる」
だから彼の言葉が染み入るようだった。私が求めているものに近かったのだと思う。少年は自分よりも随分と大人に見えた。立ち上がると右膝がじりじりと燃えるように痛む。私は表情を崩して、彼はその意図を汲んだ。
「どっか擦りむいたか? 絆創膏あるからさ。見せてみろよ」
「……膝がちょっと」
「そうか、じゃあそそこにちょっと座れよ」
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/2
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク