06
「おいおい兄ちゃん。いくら客が勝手知ったる身内だとしてもよぉー。その態度はないんじゃねぇーの?」
「そうだね。私も和己ちゃんの言うとおりだと思うな。お兄さん、たとえ私たちが相手でも外面はよくしておかないと。誰に見られているかわからないんだから」
静香は「ねぇ?」と陰から見ていた黛に視線を送った。こいつら確信犯だ。後ろから黛が付いてきていることをしっかり見ていたらしい。本当にたちが悪い。思わず奥歯をかみしめた。
双子の妹和己と静香。ボブカットで荒っぽい口調が和己。ポニテのお淑やかな口調の方が静香だ。共に今年になって中学二年に上がった十三歳。女バスの入江ツインズとしてここら一帯の中学生からはよく知られている。……主にガラの悪さで。
男性顔負けの身体能力。悪知恵もよく働く。それらは主にバスケットで存分に有効活用され、あまりのヒールっぷりに対戦相手のトラウマになったりもする(らしい)。
もしも彼女らが部活に入っていなかったのなら、この余ったエネルギーがどこへ向かい、どうなってしまったかはわからない。けれど、絶対にろくなことにはならないと確信できる。まあ肉親としては想像したくはないが。
さて、そんな仮定の話はともかく、現実の話をしよう。今僕は二つのプライドを天秤に掛けなければならない。
一つ、家族としてのプライド。
兄として、妹たちに偉そうに命令されたくない。これは妹、弟を持つ人間ならば理解してもらえると思う。兄は下の兄妹にはマウントを取られたくない。兄や姉という生き物は生きた歳月の長さの差分だけ、妹や弟に逆にマウントを取りに行きたいもの。
理屈ではない。生まれ持っている感覚。あるいは性質。年を取るにつれて丸みを帯びることはあれ、これは絶対に覆せないものなのだ。
まあ、逆に妹や弟はそれらを生意気と一蹴したくなる生き物だというものなのだが、それは置いておこう。
二つ、従業員としてのプライド。
僕もこの店に来てからそれなりの期間働いて、それなりに授業員や店長からの信頼を勝ち得てきた。先ほど黛に話したように接客の丁寧さ、真摯さには一家言ある。……少なくとも店内では。苦労して積み上げてきたものを溝に捨てに行く真似はしたくなかった。それに今は黛がいる。彼女に対する教育者として、情けないところは見せたくなかった。
脳内天秤が揺れている。感情ベースでは一つ目に、理屈では二つ目へと傾きが変わっていた。どちらにするべきか決め手がない。どちらを選んでもそれなりに後悔はしそうだ。僕が眉間にしわを寄せて考えていると、いつものようにお気楽な声色のあいつが眼鏡とお下げを引っ提げて、ホールに戻ってきたのだ。
「おっ、カズちゃんにシズちゃんじゃん。いらっしゃい」
「よっ」と手を挙げる山川。それだけでうちの妹たちは釘付けになる。
『やまちゃんだー!』
声をそろえてトテトテと近づいて抱きついた。「おっ、可愛いやつらめ」と山川はそれに応じていた。山川はうちの姉妹となぜか仲がいい。どのようなきっかけがあったのかは知らないけれど、相性がいいのは確かなようだった。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/3
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク