ハーメルン
柱島泊地備忘録
十二話 提督と妖精【艦娘side】

「いいから飯を食え。美味いぞ」

 柱島泊地の鎮守府に所属となった全艦娘に囲まれた提督は、一言、そう仰った。
 青筋を立てて提督を睨みつける戦艦長門や軽空母龍驤を一切気にする風も無く。

 殆どの艦娘は演説を聞いて『この人ならば』と希望を持った。軽巡洋艦や駆逐艦は既に提督をある程度信用した様子で事の成り行きを見守っている。
 しかし、空母や戦艦はそうも行かない。敵意こそ無いものの、前に所属していた鎮守府で受けた傷はまだ癒えていないのだろう。それは傍から見る私にだって分かる。その傷の疼きが癇癪に似た感情を生み出し、提督を引っ掻くような言葉となって龍驤の口から紡がれた。

「司令官……随分と余裕かましてくれるやんけ……!」

 治まったはずの殺気――癇癪に似た、しかし、癇癪とは程遠い圧。

「あぁ」

 黙々と食事を続けながら、提督は片時も顔を上げずに言う。

「な、なんや、うちの目も見られへんっちゅうんか……なぁッ!」

「座れ」

「ッ……!」

 殺気、重圧、強圧、威圧、どれも当てはまらない。
 提督の一声に込められていたのは、歴戦の兵士をしてなお足元にも及ばない圧倒的なまでの強制力だった。
 私や夕立、軽巡、駆逐艦、戦艦、重巡、空母、誰に向けられたものでもなく、それは龍驤に向けられた言葉であるというのに、全員が慌てて着席する。ものの数秒であった。

 そこからは、調理場から聞こえる何かを煮るような音と、提督が食事をする音だけが食堂に満ちる。

「ち、ちゃう! 何座っとんねん、くそっ……!」

 龍驤は思わず座り込んでしまったのをまるで恥じるように立ち上がろうとするが、少し離れた位置にいる私から見ても膝が笑っているのが分かった。
 何度か立ち上がろうと試みるも、最後には思い切り歯を食いしばって、毒でも吐くような低い声で提督を睨みつけながら言う。

「考えを聞かせぇや……司令官はここで……何をするつもりなんか」

 ここで何をするつもりか。
 龍驤から投げられた問いにはいくつもの意味があるのを、この場にいる誰もが理解している。
 提督はまるで質問される事が分かっていたかのように、間宮の作ったであろう味噌汁をするすると飲み、静かに置いたのち、一息吐き出して話した。

「艦隊指揮だ。私が鎮守府を運営する」

「ンなもんは分かっとんねん! う、うちが言いたいのは――ッ」

「そして艦娘を支える」

「っ……そ、そんなん、はいそうですかってうちらが手放しで喜ぶわけ無いやろがい! そらありがたいわ。ごっつ嬉しいのは確かにある! けど、司令官の経歴をうちらは知っとる!」

「そうか」

「そうか、って……あ、あんたは艦娘を沈めた軍人や言われてんねやで! 見たら分かる冤罪や言うても、不安になるんは悪い事なんかッ!」

 ――これぞ、真意。
 私達の中にあるわだかまりの正体だった。

「ヒトとは、得てして他人を蹴落とすものだ。私の仕事がそうだった」

「そうだった、て……」

 私は反射的に、座った膝の上にある手をぎゅっと握りしめてしまう。
 隣に座っている夕立がそれに気づき、そっと手を重ねてくれた。


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