巨人殺しのエイリク
村にはきっと外敵がいるのだろう。
村の外に視線をやれば、遺棄されたと思しき畑の跡が目についた。修繕されないままに放置された廃屋も点在している。
なにかしら耕地の拡大を妨げる理由があるとは気づいていた。水資源の限界に拠る制約なり、畑の広がりに伴う税負担の増大なり、或いは外敵の存在が阻んでいるのか。
村を歩き廻れる年齢になって、ようやくに気付く事ができた。頑強な木製の柵が囲うように村全体に張り巡らされていた。一部では大人の身の丈ほどの高さの石壁が築かれている。家の周りと畑だけを往復する幼少期の日々を抜け出して、村を俯瞰するに至って確信した。少なくともこの地は戦乱と無縁ではない。
時折、大人たちが柵の見回りを行っては修繕を行っている姿を目にする事が出来た。石積みや空堀を掘るのに費やされる資材や労苦、そして道具の損耗も鑑みれば、現実的な脅威が身近にあると考えないほうがおかしい。
ただ一方で、村人たちからは切羽詰まった気配はそれほど感じられない。楽天的な気質もあるやも知れないが、どこか長閑な村の雰囲気からは、脅威はさほどに差し迫った問題でもなかろうと思えた。或いは脅威の人数なり、武装なりが、村人でも充分に対処可能な水準にとどまっているだけとも考えられるが。それとも、これは希望的観測に過ぎないだろうか。
いずれにせよ、外敵に備える前に、わたしはまず内なる敵に対処しなければならなかった。
鼻水を垂らしながら棒切れを振り回す近所の小僧の一撃を、手元の棒切れを斜めに構えて受け流そうとして失敗。手首に直撃した我が身は痛みのあまり、小さく悲鳴を上げて反射的にうずくまった。
必殺の一撃で悪漢を仕留めた糞餓鬼さまは、誇らしげに剣を掲げて高らかと名乗りを上げる。
「我が名はエイリク!黒髪のヨハンセンを討ち取ったり!」
目下のところ村の子供たちのうちに流行っているのはチャンバラ遊びである。みなのお気に入りは勿論、巨人殺しのエイリク役。
一夜にして、村はエイリクだらけになっていた。鼻水垂らして棒きれ片手に駆け回る坊っちゃん嬢ちゃん。どいつもこいつもエイリクに成りきっている。あいつもエイリク。こいつもエイリク。僕もエイリク。君もエイリク。
気持ちは分かるよ。前世でも、同世代で円谷さんちの光の巨人やら石ノ森謹製の仮面の改造人間に憧れた子供は多かった。わたしの場合は、胸に7つの傷を持つ世紀末な救世主だったけれども。
実のところ、暴力も痛いのも嫌いなのだが、多分おそらく生涯に渡って村という手狭な世界で生きていかねばならぬ我が身としては、これに参加しないという手はない。というのも、現時点でチャンバラごっこでの強さ=村の子供内での序列という良からぬ方程式が成立してしまっているからだ。
子供たちには、他の子への悪意も隔意もないが、それだけに遠慮も容赦もない。今のところ、見ているだけで気絶した子が4名、腕の骨を折った子が2名。頭にでかいコブを作ったり、鼻血を出した子となるともう把握しきれないデンジャラス極まりない遊びであるにも拘らず、農閑期の大人たちは時折、野良仕事の手を休めては微笑ましげに子供たちの戯れを眺めている。
が、獣どもの生存競争に放り込まれた当事者としてはもう必死である。前世日本の小学生とか言う恵まれた身分のようにアホだなあと生暖かい目で見つつ、興味がないね。とかスカした反応なんぞ取った瞬間、村内子供ランキング最下位にまで転落するのは目に見えている。
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