季節風
巨大な暖炉に太い薪が惜しげもなく次々と放り込まれる。焚き上げられた炎が踊るように大きく燃え上がった。大広間の温度は既に蒸し風呂さながらで、忙しく立ち働く者たちの額には汗が吹き出していた。
東へと吹き抜ける季節風が救いを求める子供らの声を村へと届かせた。もとより村の水源として小さな草原を挟んだだけの手近な小川であった。
真っ先に駆けつけたのは村の牧童。投石器から放たれた石は虚しく狼の傍らの地面を叩くに留まったが、狼達が怯んだのは、吹き鳴らされた角笛が間もなく大勢の人間を呼び寄せることを知っていたからか。それでも村人たちが駆けつけた時には、冷水に晒され続けた子供の、特に幼い幾人かは、もはや歩くことすら覚束ないほどに弱りきっていた。
助け出された時の子供たちが一塊となって固まっていたのは、互いに少しでも体温を融通することで生き延びる為の必死の行動だった。兎も角も、わたしたちは助かった。
子供らを背に負ぶさるや否や、村人たちは一気呵成に草原を抜けて村長の館へと駆け込んだ。それでも、ぐったりとしている幼い子供たちが、元気を取り戻せるかはまだ分からなかった。願わくば、全員が助ければいいのだが。
村長の館では気前よく火が焚かれている。息苦しいほどの熱気の中、誰の指示かは分からないが、湯を盛んに沸かしては、熱い布で体を拭い、お湯で四肢の先を温め、乾いた布で皮膚を盛んに擦っていた。民間療法だが、それなりに的確な治療を施しているようだ。
子供たちは全員、濡れた服を脱がされた。わたしの目の前では、大人の女が裸となって子供の冷え切った体を抱きしめていた。一際小柄な女の子の唇に温めたワインを垂らしていた老人が、今度は必死に頬を叩いて話しかけているが反応は鈍い。
狼も空腹ではあったろうが、春の森には他にも獲物がいて、きっと追い詰められてはいなかった。でなければ、助かった理由が分からない。餓えた狼が相手であれば、助からなかった、そんな思いもする。
それでも運が良かったと言うべきだろうか?わたしには分からなかった。
比較的に元気を残した者には、安堵の涙をこぼして親に縋り付いている者もいる一方で、ぐったりした子供の親は、冬眠しそこねた熊のように落ち着かない様子で歩き回る夫婦やら、ヒステリーに喚いている若い農婦もいた。数人の大人たちは狼に関して相談しているようだが、炉端で毛布に包まると、うとうとと強烈な眠気が襲ってきた。もう眠くてならない。今なら、眠ってももう大丈夫だろう。まぶたを閉じると、一瞬で深い眠りに落ちていった。
衰弱しきった幼い我が子に、母親だろう農婦が必死の形相で呼びかけている声で目が覚めた。胸が痛いが、わたしになにが出来る訳でもない。見ないように、つい顔を逸らした。
わたしも無事では済まなかった。目が覚めた途端に頭痛に襲われた。体はガチガチと歯を鳴らして震えている。おまけに全身が痛い。きっと気絶したほうが楽に違いない。
頑強な肉体だと思っていたが、頭痛と悪寒がひかない。日常の栄養状態が悪いというのがこれ程に響くとは思わなかった。餓えたことは一度もないが、四六時中腹を空かせていた。なるほど、これは中世で疫病などが流行れば、バタバタ人が死ぬ訳であるなどと他人事のように思った。体に溜め込んだエネルギーというのは馬鹿にならない。近所の怠け者めがあっさりと回復している一方、わたしは結構やばかった。喉も痛い。死ぬのはいやだ。わしはまだ死にとうないんじゃ。
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