ハーメルン
ウマ娘恋愛短編集
19.ダイワスカーレット『I LOVE YOU を言いたくて』

「なぁ、トレーナー。この漫画の『月が綺麗ですね』っていうセリフ、どういう意味なんだ?」

 そんなことを唐突に言っていたのは担当ウマ娘の1人であるウオッカだ。
 大雨が降って外で練習できない中でタバコを吸うのを我慢し、のんびりしようと暇そうにしているウオッカに声をかけて一緒に漫画を読んでいる。
 もう1人担当のスカーレットは静かにしたい気分じゃないということでレッスン室に行ってダンスレッスンをしている。
 制服姿のウオッカは俺と同じソファーに腰掛け、読んでいる少女漫画を持って俺のすぐ右隣へと移動してきては俺へと見せてくる。

 今年で高等部1年となったウオッカは、トレーナーとはいえ男である俺に無防備に近づいてくるのは困ってしまう。妹が4人いるから女性慣れはしているが。
 いい匂いがするし、鍛えていても女性らしい体のやわらかさがあって少しだけ緊張とときめきがある。
 だが、その行動によく慣れている俺は読んでいたウマ娘小説をソファーの上に置くとウオッカが指差しているシーンの場所を覗き込む。

 そこは美少年の子が主人公である女の子に、月を背景にして喋っているところだった。
 つまりは美しい告白シーンだ。

「夏目漱石だな。I LOVE YOUをどう訳するか、という話になった時にこう和訳すると言ったのがそれだと聞いたことがある」
「やっぱりかー。スカーレットの奴も同じことを言ってたけど、そういう意味なのか。あいつ、恋愛漫画も小説もすっげぇ読むから、そういうのを読まないオレに嘘を言っているかと思ったぜ」
「スカーレットはいい子だから、そう嘘はつかないだろう?」
「あー、そうだけどよ。からかってくることが多くて。いや、あいつの話はもういい。なんでこんな訳になったんだろうな」
「日本人なら、それくらい優雅に言ってもらいたいと思っていたのかもな」

 そういうムードがあっての告白だったら強く記憶に残る。
 言う方も言われる方もいい気分になる。振られたとしても、ショックはやわらぐに違いない。

「自慢げにそういうから、お前だったら、I LOVE YOUをどう訳するかって聞いたんだ」
「へぇ。それでどうなった?」

 ああいう強気でプライドが高く、1番を目指している女の子だ。
 スカーレットのような子が男性に言うとしたら、

「それが『素敵な匂いがしますね』だってさ。笑えるだろ? なんで告白が匂いになるんだっての」
「スカーレットは俺の服に染みついているタバコを嫌っているからな。それからだろう、きっと」
「ヘビースモーカーってわけでもないんだし、俺は気にしないんだけどなぁ。……うん?」

 ウオッカは漫画をソファーの上に置くと、俺の太ももの上に両手を置くと首筋に顔を近づけてくる。
 近づいてくるウオッカから顔をそらし、匂いを嗅いでくる恥ずかしさに耐える。

「どうしたんだ」
「そういえば今日のトレーナーはタバコの匂いがしねぇな?」
「タイミング悪くて機会がなかったんだ」

 20歳を過ぎてから吸い始め、25歳になる今でも続いている。けど、吸うのは学園の外でだ。
 トレセン学園の敷地内では全面的に禁煙で、吸う機会がない。
 だから吸う時は敷地の外に行く必要があるんだが今日は出る暇がなかった。
 吸っても1日3本ぐらいだから我慢しようと思えばできるのだが。その代わりにちょっとだけ精神が落ち着かなくなるだけだ。

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