ハーメルン
ウマ娘恋愛短編集
8.サイレンススズカ『スズカちゃんは僕のそばにいる』

 11月らしい冷たい空気を頬に感じ、耳からは灯油ストーブがうなり声をあげる音と本のページをめくる音が聞こえて目を覚ます。
 目を開けて見えるのは、トレーナー室の白い天井だ。
 3人掛けのソファーの端でのんびりともたれかかって寝ていた今。
 本を読んでいたのに、いつの間にか寝ていたらしい。首を上にしながら寝ていたため、痛む首を片手で押えながら体を起こした。
 まだ起きていない、ぼぅっとした頭で今は何時だっけかとちょうど正面にある壁掛け時計を見る。

 時計は午後7時になっていて、ウマ娘たちのトレーニングを終えたのを見届けて戻ってから2時間ほど寝ていたことになる。
 目の前にある背の低いテーブルには、寝る前に読んでいた小説が置かれていた。

 ふと体があまり冷えてないことに気付き、毛布が親切な誰かによって首から下へとすっぽりかけられている。
 普段から体を鍛えているとはいえ、スーツを着ているだけでは風邪を引いていたと思うのでこれには助かった。
 29歳のおじさんになった今となっては、若い時と違って無理をしても中々病気やケガが治らないから。
 今の自分の状態を把握していると、段々と意識がはっきりしている。
 それで起きた時から聞こえてくる、本のページをめくる音にようやく意識を向けることができる。
 寝ている間に誰か来たのだろうか。用事があるなら起こしても構わなかったというのに。
 そんなことを思って聞こえてくる音の方向、左へと頭を向ける。
 そこには僕と同じ、端の方に座ったウマ娘が熱心に小説を手に持って読んでいた。

 その子はサイレンススズカ。僕と育成契約をしているうちの1人だ。
 ウマ耳は緑色の覆いをつけていて、明るいさらさらとした栗毛の髪には白いカチューシャ。右耳には緑と黄色の小さなリボンを付けている。
 ワンピースタイプの青を基調としたセーラー服の制服を着ていて、走りやすそうな小さい胸元には大きな青いリボンと蹄鉄の形をしたブローチがついている。
 下は白色に青いラインが入っているスカート。太ももまである白いニーソックスな制服に皮靴のローファーだ。

 そんな彼女の横顔を見るのはトレーニングの時に少し遠くから見るぐらいで、こんな1mぐらいしか離れていない距離で見るのは滅多にない。
 小説を読み、笑みを浮かべてリラックスしているスズカはかわいく、ついつい眺めてしまう。
 10秒ほど眺めていると、僕の視線に気づいたスズカは読んでいた本を閉じてはテーブルへと素早く置く。そうしてから、俺へと優しい笑みを向けてくれる。

「寒くありませんでしたか?」
「ん、ああ。毛布をかけてくれてありがとう、スズカ」
「いえ、礼を言うほどのことではありません。体が冷えたと思うのでコーヒーを淹れてきますね」
「角砂糖は5つで頼む」
「はい、いつもの数ですね」

 僕の要求に、スズカはわかっていますよとでも言うかのように僕の頭を軽く一撫でしてくると、ソファーから立ち上がったスズカはコンロへと向かい、ヤカンに水を入れて火をかける。
 僕が選んだ、最初のウマ娘であるスズカとの付き合いも今年で4年目。
 今では他のウマ娘もいるけど、不思議とスズカの前では気を許してしまう。
 もし隣にいたのがスズカでなく、他の子だったら自分でコーヒーを用意するとこだ。
 お湯が沸くのを待つスズカの後ろ姿を見ながら、ふとなんでこんな時間にいるんだろうと今になって気づく。

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