9.ナリタタイシン『ナリタタイシン:アタシの走る理由』
4月の入学式が終わり新しいウマ娘たちが入った春が終わり、今は雨がしとしとと降るようになった6月のはじめ。
まんまるの月が明るく照らしている夜は、ちょっとの風が吹いていて少し肌寒い気温だ。
高校卒業と同時にトレセン学園の用務員に就職し、今年で12年目となった30歳の俺は灰色のツナギを着て懐中電灯を片手に持って学園内を歩いている。
夜の10時ともなると夜間トレーニングをするウマ娘はいなく、練習場やトレーニング施設は明かりを消していて普段のにぎやかさはまったくない。
外灯と懐中電灯の光で静かな学園内を字巡回していると、レース場に近づくと何かの音が聞こえてくる。
ここに勤めてから、そういう音は時々聞くことがあった。
はじめのうちは幽霊かと怯えたものだが、耳を澄ますと聞こえてくるのはウマ娘の走る音だ。
この時期になると頑張りすぎる子がいるものだ。
業務的に消灯後に走る子がいるのは無視できないというものあるが、自分の体を大事にしないで感情のまま走り続けるウマ娘はとても気になる。
だから俺は少し早足で練習場のコースへと近づく。
月明かりに照らされ、芝の上を走っているのは小柄な子だ。
夜遅く、帰ろうともしない子の走りを止めるため、コースの上へと歩いていき、懐中電灯の明かりを彼女の目に直接当てないようにしつつ向ける。
俺に気づいたジャージ姿の子は、速度を下げると俺の目の前で止まってくれた。
収まる気配がないほどに荒い呼吸をしていて、汗を顔にべったりと張り付けている小さな身長のウマ娘だ。
その子は淡い茶色の髪で、ところどころ跳ねているボブカットの髪型をしている。
俺の身長が180cmなのに対し、彼女は30㎝は低いと思う。
そんなにも小柄だと、レースで競り合う時にはとても苦労しそうだなと思う。
小さな体でレースは大丈夫だろうかという目をしたのがいけなかったのか、彼女は俺を殴りたいと思っているような目できつくにらんでくる。
懐中電灯の明かりを消し、言葉をかけようとすると向こうから声をかけてきた。
「なにか用?」
「トレーニングの時間は終わってるだろ」
「……自主練だけど」
「こんな時間にか。明かりがない練習場で1人寂しく?」
「あんたには関係ないでしょ。ウマ娘は走るのが仕事で、アタシはその練習をしているだけ」
「とはいえ門限は過ぎてるし、俺はお前が何と言おうと帰らせなきゃいけないんだが」
帰る気配がないウマ娘の手首を掴もうと俺は近づくが、彼女は息が整っていないのに走り去っていく。
夜の色に混じり、離れていく後ろ姿を見ると何かしてやりたくなる。
今の彼女は練習効率も練習メニューもない、ただ無駄に走っているだけだ。そういう子は用務員という仕事を長くやっていれば、数は多くなくとも見ることはあった。
そして、そんな彼女たちに俺はおせっかいを焼いていた。
とは言っても練習内容を教えるとか、トレーナーがいない子にトレーナーの仲介なんてことじゃない。
愚痴や不満を聞き、自分の目標を見つけさせることだけだ。それだけでも今まで会ってきたウマ娘たちはヤケにならず、体を大事にして練習するようになった。
以前に俺と会話した子もその子らと同じだろう。
別に用務員といっても学園の維持管理をするだけでいいのだが、頑張りすぎる子たちがどうしても気になってしまう。
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