ハーメルン
〜鳴神の太刀〜 ゴブリンスレイヤー フロムイミテイシヨン
3-6:女王の首飾り/My Favorite Things


 いつからそこに人が住み始めたのかは、定かではない。

 港街と内陸とのあいだに横たわる連峰の真下。入り組んだ通路を内包する外壁部と、広大な空洞に建物が立ち並ぶ都市部からなる、地下遺跡群(テレイン)。荒廃しながらも原形をとどめていたこの迷宮(ダンジョン)に目をつけた盗賊たちが、隠れ家として利用するようになり、崩れていない玄室に戦利品を隠したり木材を持ち込んで扉を拵えてみたり。彼らと取り引きを行う故買屋(フェンス)情報屋(リサーチャー)が集まってきたり。それが、隠し街と呼称される領域の成り立ちだ。

 隠し街は港街とはあくまで別の街であり、地上の民のほとんどは存在すら知らない。が、実は緩やかな同盟関係が結ばれており、それに関わる人間や彼らの連絡員が街の境界を跨ぐこともある。

 たとえば海上交易の利権に目がくらんでやってくる、礼儀を弁えない外様商人が、優しい忠告に耳を貸さず港街の和を乱す振る舞いを繰り返すとき。

 たとえば潜伏する海賊の捜索を冒険者に依頼したうえで、捜査対象が地下に潜んでいる場合に備えた別働隊が必要なとき。

 この街の住人は、そういった事態に求められる技能の持ち主たちなのだ。

 街は今、常以上の静けさに支配されていた。点在する松明に熱はなく、住人たちはきっと、上の街の喧騒に紛れ込んでいることだろう。避難させられているのだ。これから行われる戦いから。

「えぇと、この通路を右に曲がって……」

 廃都の奥に看板を掲げる酒場が一軒。迷い猫亭の扉の隙間からは、光が漏れていた。店内で卓に地図を広げている女神官は、道順を記憶に押し込もうと四苦八苦しているところだ。頭に方位磁針が埋め込まれているような男と行動を共にするからといって、憶えなくてよいなどということはあるまい。万が一はぐれたらどうするのか。

「それからここは行き止まりで、次を左、ですね」

 女神官よりも経験浅い女商人は、より緊張感を滲ませている。引き続き協働させてほしいと申し出た際には妖精弓手に前にも増して猛反対されており、それを退けてまでこの場に立っているからには、足を引っ張るわけにはいかないのだ。

「そう緊張するなよ、お嬢ちゃんたち」

 浮かぶ表情は真剣を通り越して深刻の色相だ。見かねた鼠義賊が、気さくな調子で声をかけた。

「俺の経験から言えば、こんなビズほど実際には肩透かしのミルクランさ。普段どおりにやればそれでいいぜ、チャマー」
「は、はい……?」

 勇気づけようとしてくれているらしいことは伝わったものの、何やら耳慣れない単語がちらほら。二人は並んで小首を傾げた。

「こんな仕事ほど肩透かしの簡単なもの、だそうだ。それとチャマーとは、お友達という意味だ」

 内心を察したらしいゴブリンスレイヤーが注釈を挟む。するとそれが、娘たちよりも鼠義賊のほうの興味を招いた。


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