第3話 前科
話し声が聞こえた。
なにも見えず、なにも感じられない。真っ暗などこかで、甲高い笑い声と、耳障りな泣き声が聞こえていた。
「とうとう、とうとう始まっちゃったんだね。とても辛い戦いが、とても無残で、無意味な争いが!」
「……惨い戦いです、酷い争いです。視たくない、聞きたくない、知りたくもないのに」
二人の少女が話しているようだった。
同じ話題なのに反応は対照的だ。腹を抱えて大笑いする少女。掠れる声ような鼻声で呟く少女。
「ああ楽しみだ、彼女はどれだけ苦しむのかな、どんな涙を浮かべるのかな?」
「……ああ嫌だ、少しの幸せもないの、少しの喜びもないの?」
二人の声質はほとんど同じだった。楽しげか悲しげか、その違いだけで印象が全然異なる。卯月はぼんやりと会話を聞く。
暗闇の奥底から、三人目の足跡が鳴った。
「どうでしょうか、主様!」
「……どうでしょうか、主様」
「さて、どうだろう」
静かで冷静な、男の声だった。
「道がなんであれ、行きつく先は決まっている」
「それって深海!?」
「……深海、ですか?」
「そう、深海の真実だ。わたしたちは準備をしながら待てばいい。パーティーの幕が上がるのを」
「────」
声が聞こえなくなる寸前、もう一つのすすり泣きが聞こえた気がした。
泥沼に浸かっていた意識が、次第にハッキリしていく。
鉛のように重かったまぶたが上がる。
暗闇ではない。太陽がある。窓から差し込む光が温かかった。目を動かすと、周りは白い清潔なカーテンで覆われていた。わずかに薬品の臭いがする。
「面倒、本当に面倒。こんなことしてる暇なんてないのに」
不満を隠そうともしない声。乱雑にカーテンを開けて少女が入ってきた。ツインテールに加え、一部をシュシュみたいに丸めている。なんか、ドーナツというお菓子であんな形を見た気がする。
艦娘らしい、改造制服みたいな服だ。首に巻いているのは……マフラーだろうか?
なぜか分からないが、だいぶ機嫌が悪そうだ。
「早いとこ終わらせましょ」
卯月の顔を見ないまま、タオル片手に服を脱がそうとした。
途中までぼんやりしていた卯月も、これには危機感を覚えた。わたしは今から、何をされようとしているのだ、まさか!
「へ、変態だぴょん!?」
「は!? 誰が変た──は!?」
「け、憲兵さゲホッゲホッ!?」
いきなり叫んだせいか、卯月はむせ返った。
一方少女も卯月が目覚めたことに驚いていた。
しかし、しだいに変態呼ばわりされたことへの怒りが出てきた。咳が落ち着くのを見計らって、少女は卯月の胸ぐらを掴んだ。
「誰が変態よ誰が!」
「じゃあ、なんで服をひん剥くぴょん」
「あんたの体を拭こうとしたのよ! ただでさえ忙しいってのに!」
「騒がしい! いったいなにが──」
やかましさに耐えかね、別の少女が部屋に入ってきた。
変態(仮)と違った制服に、銀髪をポニーテールに纏めた、眼つきの悪い少女だ。彼女もまた、卯月が目覚めたことに驚いていた。
「目覚めたのですね」
「そうよ、だからわたしの仕事は終わり、良いわね!?」
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