二十一
「やはり、駄目だったのね」
部下からの報告を聞いた董卓は、そう呟く。朱儁(一刀)を斬らずに済めばどれだけ良かったか。しかし、言葉とは裏腹に、一刀を排除した彼女の瞳には、迷い等の感情はなさそうだった。
軍勢を引き連れて洛陽に進出してきた董卓に対し、一刀が立ちはだかる事は充分に予想出来る事だった。それに対し、彼女がとった行動は、一刀の懐柔ではなく、排除であった。
董卓が一刀を排除したのには、理由が二つある。まず一つは、彼が何進と親密な間柄であること。一刀が何進と何度も肉体関係を結び、深く愛し合った仲であることは、既に周知の事実である。そんな彼が、何進を害した宦官どもと結託した自分たちと協力できるとは思えなかった。
そして、もう一つ。それは、一刀が超絶女たらしであること。上記の何進だけならいざ知らず、盧植(風鈴)や皇甫嵩(楼杏)とも親密な間柄にあると噂されていた。他にも亡き前皇帝の後妻だった何太后など、一刀と関係を持っていたのではないかと噂される女性は枚挙にいとまがない。
そんな女たらしを自軍に引き込めばどうなるか。部下の女性達が籠絡され、骨抜きにされるであろう事は予想出来る。董卓も一刀を宮中で見たことがあるのだが、確かに良い男であった。しかし、一刀と恋仲になって籠絡される部下がでたら、獅子身中の虫になり、それが派閥となる事は明らかである。自分自身が有力諸侯の一人である以上、一刀との共存は不可能である。
だからこそ、董卓は一刀を排除したのだが、さすがに漢王朝の将軍全員を消す訳にはいかない。そんなことをすれば、政務や軍務が立ち行かなくなる。だから、董卓は少々不安要素はあるものの、風鈴と楼杏の引き抜きを行ったのだった。
だが、董卓の予想通りに、彼女らは一刀と密接な関係にあったらしい。まず風鈴が、董卓の振る舞いに怒りをあらわにして故郷の幽州へと帰ってしまった。
風鈴が董卓を拒絶したのには、他にも理由がある。それは、董卓の洛陽占拠以降の行動にあった。政変を起こした宦官どもの要請に応じて洛陽に進出したのだが、彼女は宦官どもの要請を利用して洛陽を占拠すると、その宦官どもを抹殺して皇帝を献帝にすげ替えた。
どうやら、事前に献帝と密約があったらしい。董卓にとって、宦官どもは利用できる手駒でしかなく、あまりにも手際が良すぎた。
しかし、いくら献帝と密約があったとはいえ、そして霊帝が馬鹿で皇帝の器ではなかったとはいえ、これを力で皇帝の座から引きずり下ろすのは越権行為どころではない。
そして、クーデターとなると、無血での政権交代は不可能である。実際に何人かの官吏が巻き添えで命を落としたのだが、実はその中に風鈴の弟子が居たのだ。
これらは、風鈴にとって許される事ではなく、董卓と共存は到底不可能である。だから風鈴は董卓からの要請を無視して、さっさと故郷に帰ってしまった。
一方の楼杏も、当初は董卓からの要請を拒否していた。だが、彼女にとって不幸だったのは、出身地が董卓の勢力圏に極めて近い事である。涼州で生まれ育った彼女と董卓は言わば隣人であり、そのために故郷に帰るという選択肢が取れなかった。そんな折りに、董卓から『要請に応じなければ死んで貰う』という脅し文句が届いたのだった。
董卓のその言葉に、楼杏は迷った。自分一人なら、処刑されても董卓に付こうとは思わないだろう。しかし、今は自分一人だけの身体ではない。
(この子の為にも、生き延びないと……)
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