21枚目 全身全霊に身を染めて
計画を組み立て、物事がうまく噛み合い結果を残したとき。喜びを一層深く感じる者もいれば、できて当然だと冷める者も居る。
これは計画の構築能力の有無に関わらず、本人の気質によるところが大きい。人は乗り越えるべき壁が高ければ高いほど、比例して達成感も大きくなるものである。これにプラスされる感慨というものは、努力や思い出といった達成までの過程が関わってくるが、その影響力は個人差が大きいので置いておく。
一方、計画を組み立てイレギュラーが発生した場合。計画通りといかずとも、たしかに結果を残せたとき。あるいは、思いがけず転んでしまったとき。
何を思うのか。それは、直面した本人にしか知り得ない。
三冠ウマ娘になること。
それは、ミホノブルボンにとって大切な夢であり、叶えたい目標である。
もともと、ミホノブルボンは短距離で強い、とデビュー前にトレーナー間で評価されていた。
事実、当初のミホノブルボンはとても中距離でさえ走りきるのが難しいほど、スタミナに欠陥を抱えていた。3000の菊花賞など、夢のまた夢。結果を残すならマイルまでだと、そう言われ続けた。
三冠を目標に、夢物語と言われながら、ミホノブルボンは決して折れなかった。手に余る、とトレーナーたちが次々と手を引く中、あるトレーナーが、ミホノブルボンにこう提案した。
『俺じゃ君を三冠で勝たせられない。だけど、それを実現できるヤツなら知ってる』
そうして紹介されたトレーナーが、現ミホノブルボンのトレーナー、彼であった。
「調子は?」
「心拍数、呼吸、ともに安定しています。非常に『落ち着いた』状態です」
与えられた待機室の中で、二人は最後の打ち合わせ……とは名ばかりの、会話に洒落込んでいた。
「君の夢は目の前だ。すぐそこだ。これに勝てば、夢が叶う。……そう思うと、俺は気持ちが昂って来る」
「……」
ミホノブルボンは天井を見つめる。そうしてしばらくの沈黙の後、彼女はゆっくりと目を閉じて……大きく息を吐くことなく、至って平静に口を開いた。
「体温にも変化はありません。至って平常です」
「そうか」
トレーナーは長く、長く息を吐いた。ミホノブルボンの代わりに、と言わんばかりに長い間。
そして風を切るように鋭く空気を吸い込むと、彼はそんな勢いが嘘のように。しなる柳のように掴みどころなく口にした。
「君の予定は未定だ。結果が出たら決定だ」
「……? 発言の意味がわかりません」
瞳が揺らいでいる。無機質に見えて、早々揺れることのない彼女の瞳は、彼をジッと見つめている。
「……つまり、レースっていうのは結局。蓋を開けて中身を見るまで、誰にもわからない。そういうことだよ」
「……マスターには、何か懸念事項がある、という意図を感じます」
「……そうだね。単刀直入に言うよ」
――全力を出せ、と。
恐ろしく静かに、刀の切先の如き言葉がミホノブルボンをさした。
「……マスター?」
「10バ身以上の差をつけて圧勝しろ。その心づもりで挑め。クラシックに、君のカタログスペックを超えた子は存在しない。この三冠目で、ミホノブルボンというウマ娘の真価を示せ」
雷が鳴り響いたような衝撃に、ミホノブルボンは耳を尖らせ尻尾の毛が総毛立つ。つま先から頭のてっぺんまで、ぶるりと震え上がり、その瞳を動かせなくなった。
[9]前話 [1]次 最初 最後 [5]目次 [3]栞
現在:1/3
[6]トップ/[8]マイページ
小説検索/ランキング
利用規約/FAQ/運営情報
取扱説明書/プライバシーポリシー
※下部メニューはPC版へのリンク