ハーメルン
ホロライブラバーズ『幸福論者』獲得RTA なんでもありチャート
始まり 前編
春の陽光が温かく街並みを包む中、俺は桜吹雪に導かれるように足を進める。携帯で現在地と学園の住所を見比べ、悪戦苦闘をしながら歩を進める。
片側三車線ある大きな道路に出るとそこには多くの学生が見えた。ある者は談笑したり、ある者は緊張した面持ちで一様にこれからの新生活に身を運ぶ。
若干一人でいることに一抹の居心地の悪さを感じるが仕方ないと割り切る。新しく生まれ変わり、新しい生活が始まったのだ。ここから始めようと決意を新たに大きく息を吸い込み長く吐く。
ただ唯一の心残りはこれから会う知らない知人。もし記憶がないと分かったら悲しむだろうか?新しい自分を受け入れてくれるだろうか?
拒絶されるのはいい。自業自得なのだから。
しかし悲しませるというのは嫌だ。それはコミュニケーションを避けてきたであろう自分に、そこまでの深い仲がいるという薄氷の上に成り立つ前提からだが。しかしやはりいるなら……悲しませたくないな。
ふと、周囲の雑多な音が大きくなったことに気が付き、思考の海から脱するとそこは学園の校舎だった。
本道には等間隔で樹木が植えられており、桜の絨毯ができていた。ここから校舎に入り、自分のクラス名簿をもらって教室に入るのが流れだったはずだ。
ピンクの歩道の色彩と感触を楽しんでいると背後から声をかけられる。
「あー!やっぱりそうか!センサーに反応があるから誰かと思ったら君かぁ!」
そこには黒と茶の中間の髪を腰まで伸ばした女性だった。
上半身はピンクで腕部に迷彩柄が施されたパーカーを着ている。しかし下半身は何も履いておらずぴっちりとした何かで覆われていた。
嬉しそうな快活な笑顔で近づいてくると手を取りブンブンと降る。
これはまずいことになった。いきなり俺の知り合いが登場してしまった。どうするべきだろうか?急いでいるとこの場をさっさと離れるべきか、話を合わせて元の俺を演じるべきか?
「……?どうしたの?おしゃべりの君が黙りこくっちゃって?」
まずい。不審に思われる。こうなったら適当に会話をして探りつつ元の俺を探るしかない。まずはクールに落ち着いて挨拶からだ。
「すみません、痴女するのなら俺以外でお願いしたいのですが」
「だから痴女じゃなくてこういう装備だって言ったでしょ!?」
つい本音が出てしまった。
しかしこれは仕方なくないか。見ろよあの下半身犯罪的だ。時代が時代なら公然誘惑罪とかで逮捕されるのではなかろうか。俺は悪くねぇ!
ていうか俺同じこと言ってたのか。どうも記憶がなくなろうと本質は変わらないらしい。もしかしたらこのまま話していてもバレないかもしれない。
「……」
「……どうしたの?やっぱり変だよ?」
だが本当にそれでいいのだろうか?
今ここで誤魔化すことができてもいずれはバレることなのだ。そうなれば誤魔化した時間だけ彼女を悲しませることになるのではないか。なにより自分を偽りながら嘘を固めていくなんて失礼なことを続けていいのか?
ダメに決まっている。
やっぱりやめよう。
自分が記憶を失っていることを、何があったのかをすべて話そう。知人だけじゃなく新しい人にも全て包み隠さず。そこからじゃないのか?スタートラインは。俺はまだ立ってすらいない。
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