第六話「託された世界」Aパート
足を肩幅に開いて立ち、右手首に左手を添える。
そのまま、肩と腰を回すことで右手を上げ、左手を押し出す。
円を描くように両手を胸前に戻すと、今度は左右を反転してもう一度、同じ動作を行う。
穿梭と呼ばれる、左右の掌が交互に頭上を守りながら正面を貫く、攻防一体の型の一つだ。
星山市天文台の地下五百メートル。二人分の私物が一時的に退去した分、有効スペースの増した星雲荘の中央司令室にて。
本日のアルバイトを終え帰宅した朝倉ルカは、隣に立つ師、鳥羽ライハの所作に倣い、自らの体を動かしていた。
「ルカ。力まないで、リラックス」
ライハの助言に、小さく頷きながら、ルカは訓練に集中する。
足の裏をしっかりと床に着け、視線は落とさず前方へ。深く長く、ゆったりとした腹式呼吸の中、腰を使って手足を動かす。
体軸を意識しつつ、無駄な力を抜き、四肢は伸ばしきらずまろやかに。どの関節、どの筋肉を稼働させているのかを常に自己認識しながら、大気を纏うように円を描く。
ライハに習った基本を心中で復唱しながら、穿梭を左右三セット。最中、余裕ができたので体の中心に気を集めるイメージを浮かべる。本来はヘソの下の丹田を対象とするそうだが、その目的ならルカの場合は胸の中心――ウルトラマンで言うカラータイマーの部位を意識すべきというレムの科学的見地からの助言を受け、そこだけ変則的に差別化しながら、ライハを真似て付いて行く。
太極拳特有の歩法、進歩。左右の爪先を外向けに開き、後ろ足に重心を残し、前に出す足を踵から踏み出す。その際に体を捻らないことで、体軸を保つ術を染み付かせる。
今度は逆に、腰を捻りながら後退する倒捲肱で全身の経絡を刺激。
続いては実戦の流れを想定し、退歩で攻撃を凌いだ動きに連ねて体を低く屈め、遠心力を載せて足払いする太極拳の基本功、後掃腿。
円弧を描いた足を拡げて止まったら、重心の移動に合わせ雲のように手を流す雲手を行うことで、脳の活性化を図る。
そうして、体と心が馴染むのに合わせて、個々の速度を上げて行き。繰り返される套路の後半には、一挙手一投足ごとに髪を伝った汗が跳ねるようになっていた。
「――うん。じゃあ、今日はこのぐらい」
何度目かとなる終の型、収勢の後。ライハがそう告げたと同時に、ルカは疲れでその場にへたり込んだ。
「はぁあ、凄いねライハ……私、付いてくのでやっとなのに」
「私はもう、十年以上やってるから。ルカこそ、まだ五日目なのによく動けてる」
弟子のレベルに合わせているからか、演舞を終えても息一つ乱していないライハは、ルカの賛辞にそう返した。
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