決闘
1913年
トランシルヴァニア
ルーマニアは結局、この戦争で"漁夫の利"を得た。
セルビアとギリシャを相手にしていたブルガリアにはすでにルーマニアに対して充られる兵力は残っておらず、ルーマニア軍はブルガリアの首都ソフィアまで殆ど何らの抵抗も受けずに到達したのだ。
にも関わらず、私の父は亡くなり、そのショックを受けた母親が後を追うように亡くなった事で、私は15歳の孤児となってしまった。
村人達は"戦争で"両親を亡くした私に最大限の慈悲を持って接してくれたが、誰もが私を引き取れないことは分かっている。
それは決して慈悲が見せかけのものに過ぎなかったからではない。
ここの村人達が孤児の私を見て心を痛めているのは、この村の殆どを占める第一次産業従事者の中で、育ち盛りの男児を引き取れるほどの余裕があるものがいないからだ。
だから…彼らはきっと私の事を助けてやりたいと思っていたのだろうが、自分達でそれをする事は叶わないことに心を痛めていたのかもしれない。
この村では当時の中小国における…或いは大国に於いても、だが…辺鄙な農村に良く見られるように、大半の農民にとって自身の田畑こそが生活の糧であった。
両親は農民でも漁民でもなく、私には土地の類や生き抜くためのスキルは残されていない。
だから、私は覚悟していた。
もうまもなく冬がやってきたら、私は両親の残した家で、その飢えと寒さに耐えきれずに両親の下へ向かうことになるだろう。
…こうも考えた。
それなら、例のあの洞窟に行って1人命を絶った方が楽かもしれない、と。
そうはならなかったのは、マザー・ミランダとオルチーナ様のおかげだと思っている。
「………セバスティアン?」
マザー・ミランダは……大変失礼ながら、まだほんの若僧であった私から見ると、"マザー"というよりは"シスター"と呼びたくなるほど若々しく美しい女性であった。
村の"ご婦人"達が繰り広げる井戸端会議では…罰当たりな事に…彼女がブカレストに行けばもっと良い職に就けたのにとさえ囁かれていたのを覚えている。
またある噂では、どうやらマザー・ミランダはもっと若かった頃に悪い男に捕まってしまい、男が逃げ出した後、お腹の娘と共に残された彼女は主の教えに目覚めたのだという。
ただ、彼女が行う日曜日のミサの説教では彼女は"マザー"の敬称に相応しい、信念に満ちた芯のある声音で私達に主の教えを語ってくれていた。
その芯のある声音で呼びかけられたのは、建てられたばかりの両親の墓前であった。
その時、確か私は涙していなかったはずだ。
決して悲しくなかったわけではないが、もうその段階を通り過ぎていた。
あの時感じていたのは、私の代でアッペルフェルド家が潰えること…それも近い内に…という絶望感だ。
ただ呆然と墓を見下ろす私に、マザー・ミランダは駆け寄ってくれた。
「セバスティアン…セバスティアン・アッペルフェルド!」
「!?……ああ、マザー・ミランダ。こんにちは。私の事を覚えていてくださったとは…」
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