ハーメルン
ヴィレッジ 1919
慈悲




 目が覚めると、優美な装飾の天井が私を迎えてくれていた。
 そこは間違いなくドミトレスク城の中に与えられた私の自室だ。
 どうやら私はベッドの上に寝かせられているようで、モヤッとした視界が澄んでくると、近くに人がいる事に気がつく。
 私は目を凝らし、その人物が何者であるか確認する。


「………ドナ?」

「!……よかった…お医者様の言った通り……」


 そこにいたのは、ベールを被っていないドナだった。
 彼女はあのお茶会と同じように、私に素顔を見せてくれている。
 その表情はただ一つの感情を浮かべていた。
 "安堵"…きっと長かったであろう心配の呪縛から解き放たれたという、安堵の気持ちだ。

 ドナははにかむような笑顔を浮かべ、私の上体を起こすのを手伝ってくれる。
 そしてそのままその愛らしい笑顔を私に向けてくれたのだが、しかし彼女は突如表情を豹変させて私の頬にビンタを放つ。
 パッチン。
 きっと人を殴ったことなんてない…あるはずのない彼女のビンタはむず痒いくらいの威力しか持っていない。
 だが、その行動の意味は実際の威力よりもはるかに強力だった。

 ドナはしかめっ面をしてこちらを見ている。
 彼女の傍にいるアンジーも、今日は心なしか怒っているように感じた。


「…復員して忘れてしまったの?」

「何を…?」

「あなたも1人の人間だということ…あんな無茶をして……もし当たりどころが悪ければ、私はまた"家族"を失っていた…!」

「ええ、その通り。無謀と勇敢は似て非なるもの。もっとも歴史に名を残す英雄でさえ、その事を取り違えることもあるけれど。」


 オルチーナ様が部屋に入ってきたのはその時だった。
 彼女の優美な物腰は相変わらずだが、言葉の端からは我が子を咎める母親の口調が聞き取れる。


「ゲオルゲが私たちにすら教えてくれた言葉を教えましょう。"任務の遂行に必要なのは個人の意思よりも集団の忍耐である"…ドナの言う通り復員して忘れた?それとも軍は兵卒にこんな教えはしないものなの?」

「………いえ、教わりました。」

「ふはぁぁぁ…セバスティアン、もう少し身の振り方を考えて。あなたには将来があるのよ?」

「お言葉ながら」

「ええ、分かっているわ。イシュトヴァンのお母様を助けようとしたのは分かってる。だけど酒を大量に飲んで暴れている男に丸腰で立ち向かうのなら、もう少しだけでいいから冷静さを持たなくてはダメ。人は拳で他人を殺せるわ。あなたの行為は自殺行為そのものだった。」

「………申し訳ありません」

「謝るならドナに謝りなさい。あなたにはもう婚約者がいるのだから。彼女を1人にしたいほど、あなたは冷酷な人間じゃないでしょ?」

「ええ…ごめんよ、ドナ。」

「分かってくれたのなら…いいの。でも次からこんな事しないって、約束して。」

「ああ、約束する。……ところで、オルチーナ様。お聞きしたいことがあります。」

「イシュトヴァンのお父上ならもう平静を取り戻したわ。あなたにはとてもすまない事をしたって。でも正直、あなたに感謝してるところもある。イシュトヴァン夫妻はあのままでは破滅へ一直線だったでしょうから。」

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