最初の朝、少女の奇行
リンフーは【槍海商都】における最初の朝を迎えた。
ユァンフイから借りた一軒家は、前に住んでいた借家よりも広く、部屋数も上だった。厨房、食堂、寝室がちゃんと分かれている。特に寝室として使える部屋が二つあったのには助かった。これでシンフォの扇情的な寝姿を見てしまい、それをネタにからかい倒されることも減るだろう。
不満を挙げるなら……食堂に流血の黒い痕跡がいまだに残っているところだろうか。以前住んでいた夫婦の修羅場が否応なく想像され、作っている飯が不味くなりそうだった。慣れるのを待つしかない。
昨日——月四〇〇綺鉄での賃貸が決まった後、師弟は早速部屋の掃除と庭の草抜きをした。なので室内外ともにそこそこ綺麗になったはず……なのだが、早速食堂にシンフォが飲み干した酒甕が転がっていた。しかもいつもより一日あたりの数が多い。引越しで浮かれているのか。
リンフーは早速酒臭くなり始めた部屋の空気を嗅ぎとりながら、散乱した酒甕を集めて厨房の隅っこにまとめた。飲み過ぎないよう今度注意しようと思った。
この新居は食堂を中心にしてその他の部屋へ分岐している。厠は衛生の都合上、それらの部屋から通路を伸ばしたところにあるが。
お手製の朱色の稽古着に着替える。シンフォの寝室から微かに聞こえる、くかー、くかー、という寝息を聴いて苦笑しながら、リンフーは庭へと出た。
家の横に広がる庭は、三方を木塀に、一方を家に隔てられた正方形をしていた。武法の修練にちょうど良い広さだ。初夏の早朝の涼しい空気と、夜明け前の空がリンフーを出迎える。
軽く準備運動を行って体をほぐしてから、朝の鍛錬を開始した。
呼吸を整え、心身を整えてから、まるで波紋一つ立たない湖のように静止する。
数秒間その不動状態を続けてから、突発的に動いた。
拳、肘、掌、脚——雲のように緩やかな動きの随所で、突如として発せられる爆発的な術力。一撃発するたびに、空気が強く押されて微風が吹く。
「緩」と「急」が明確に分かたれたその型の流れは、まさしく天を漂いながら地に雷を落とす雷雲のようであった。
【天鼓拳】……それはリンフーが学んだ流派名であると同時に、その流派に唯一伝わる型の名でもある。
武法の型は、川と同じだ。
型という一本の「流れ」の中に、膨大な情報が凝縮されている。小川の底に散らばる無数の石のように。
その無数の石の意味を一つ一つ振り返りながら、リンフーはその川を下っていき、やがて終点へと行き着く。
呼吸を整えて小休止。額に少し汗が浮かんでいるが、呼吸の乱れはさほどでもない。型を一回やっただけで息も絶え絶えだった一年目に比べれば、大変な進歩だとしみじみ思う。
しばらく型を反復練習し、朝日が顔を見せる頃には、心地よい疲労と発汗が全身を覆っていた。汗が顔の輪郭を伝って下り、顎先から落ちる。
疲れた体を木塀にもたれかからせ、青空をぼんやり見つめる。
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