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酷いもんだ。キャプテン・アメリカはマスクの内で思った。火薬の香りが無いだけで、戦場と同じ血と炎の匂いがする。ここは本当に平和の国・日本なのだろうか。そう疑いたくなる程だ。まるで別のアースにでも迷い込んだような気分になる。
月明かりの照らす下、呻き声以外には風音しか聞こえない大通りに、彼は居た。全速力で走り続け、戦闘を最小限に留めたお陰で、目標の高校までの道程はもう半分を切っている。明日の今頃にはとっくに着いていて、生存者達と合流して回収要請を出し、クインジェットの着陸を待っている事だろう。
早く終わらせたい。そんな気分が胸の内に生まれていた。
市内に侵入して一日が過ぎようとしている。それまでの間に、彼はこの街に起きた惨劇の跡を余す事無く見せ付けられていた。
老若男女を問わない歩く死者の群れ、それに食い散らかされてバラバラになった人々の体、燃え盛る炎の中で焼け崩れていく手足と臓物……吐き気を催す程の残酷さが辺りに満ち満ちている。戦争にだって最低限のルールはあるがここにはまるで無い。これまで目にして来た狂気や非道をも越える無情さが辺りに渦巻いていた。
これが生物兵器の威力なのか。キャップは顔をしかめた。命を奪うだけでなく、死者の尊厳をも汚す、こんな冷酷で無慈悲な物を作っていただなんて。なんの為に? 金の為にか? だとすると、なんて恐ろしい話だろうか。金銭欲を満たす為に多くの弱い善人の命を踏みにじるとは。それは彼には到底理解出来ない行いだった。
そして何より彼を苦悩させたのは、先に進む為には生ける屍を手に掛けなければいけなかった事だ。彼らは人を喰らう怪物であると共に、被害者とも言える存在だ。それを殺さねばならない――例え既に死んでいるとしても。その現実は覚悟していた筈だが、実際には予想を超える程のダメージを彼の心にもたらしていた。中でも、幼い子供だったものの頭を拳で砕いた事は、しばらく夢に出そうな程の後味の悪さを感じた。
弱い人々を守る盾となるのがキャプテン・アメリカの使命だったが、今はどうだろうか。こうなる前に助け、元凶と戦うべきだった筈なのに。考え初めると思わず足を止めて、頭を抱え、ともすれば膝をついてしまいそうになる。
いや、今は考えるな。キャップは挫けそうになる心を奮い立たせた。今は生存者の救出に力を尽くそう。その為に戦わなくてはならないのなら、戦うまでだ。彼女達がこうなる――間に合わなくなる前に。
彼は迷いを振り切るように市内を走った。死者の群れが伸ばす血に濡れた手を掻い潜り、時には横転した車や、崩れた塀を駆け登って跳んで、先を急いだ。
※
やがて、視界の端に駅が見えてきた時、キャップは違和感を覚えた。構内へと進もうとする生ける屍の数が随分と多い。数えられるだけで三十体以上。だとすると、内部には既にどれだけの数が入り込んでいるのだろうか。
出撃前に自衛隊の前線基地で確認した情報には、奴らゾンビどもは生前の生活をなぞるように街をうろつく習性があると言うものがあった。無人偵察機の写真を使ったレポートによれば、多少の例外はあれど、朝になれば出勤なり通学をするように動き、夜になれば帰宅するように住宅街に戻っていく……との事だった。それならば、今時分は大多数が住宅街の方面に集中しているべきだろう。だがそうはなっていない。
この数は異常だ。まるで何かに引き寄せられているかのように見える。
奴らを引き付ける何か。それは音以外にも、光がある。だがどちらも当てはまらない。駅は沈黙を保ち、電気も通っていない。もうこの街の発電施設が死んでしまっているのだから当たり前だ。ならば他に率先して狙うものは――生きた人間か。
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