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今日はなんだか外が騒がしい。
なんなのだろう。直樹美紀はそう思って、カーテンを開けた。
朝の光に照らされる中、眼下に広がる建物裏手の駐車場で車の警報器が作動し、多くの奴らが呻いてそこに集っている。
どうして急に? 美紀は窓を開けて辺りを見回した。だが、何も見付からない。いつものように死体だらけの世界だ。動いているか動かないでいるかの違いしかない。そしてそれは、きっとこの建物の中も変わらずだろう。
リバーシティ・トロン・モールの最上階、バックヤードの一室。元は避難所の倉庫として使っていたそこに、美紀は籠城している。狭い部屋に閉じ籠る事を望んだ訳では無いが、安全は手に入る。死ぬよりはマシだ。耐え難い孤独と戦わねばならないが。
彼女は居なくなってしまった親友の事を思い出した。閉じ籠ってただ生きているだけの日々に耐えられず、外の世界に自由と救いを求めに向かった親友。
「圭……」
彼女は無事なのだろうか。結局モールから出られずに、そこらをうろつく死者の群れに仲間入りを果たしてはいないだろうか。嫌な想像に顔が歪む。無事を信じられなくて、何が親友なのだろう。
美紀は備え付けられた水道で顔を洗って、鬱屈とした思考を振り払うと、服を着替え、今日も変わらず学校の時間割通りに勉強と運動を始める事にした。日常の感覚を失っていかないようにする為に作った習慣だ。お陰できちんとした時間に起きて、食事を摂り、眠れている。
最初は体育だと確認し、ポータブルCDプレイヤーで受信したラジオ体操を始めた。
ラジオ放送が生きている辺り、まだ外の世界は文明を保っていると分かる。以前聞いたニュースでは、巡ヶ丘に起こった異変は未知の伝染病として扱われていた。そして警察や自衛隊、SHIELDの部隊が街を完全に封鎖し、研究機関では特効薬の開発が日夜続けられていていると言う。生存者については触れられていなかった辺り、外の世界ではこの街は絶望的な状況として見ているのだろう。
だがそれでは、時折空を飛んでいる航空機はなんなのだろう? 美紀は思い出す。単なる旅客機ではない事は確かだ。あれは街の偵察に出ている、自衛隊かどこかの機体だろうか。
探しているのは生存者か? だとしたら、必死に手を振り、旗代わりのタオルを振り回しているのに、いまだに救助が来ないのは何故だ? 来られないくらいに状況が悪いのか? ……或いは単に気付かれていないだけか?
美紀は思わず動きを止めていた事に気付いて頭を振った。考え込んでしまっても答えは出ないのに。彼女は溜め息をついてから体操に戻り、そして勉強に移った。
数学、英語、国語と進んだ時間割は、次第に昼休みに近付き、美紀はそろそろ食事の用意をしなければなと思った。積み上げられた段ボール箱には、シリアルやブロック栄養食がまだ山程残っている。今日はどれを食べようか。いい加減飽きてきてはいるが、贅沢は言えない。なんせバリケードの向こう、ドアを越えた先には奴らが何匹も居て、美紀を見付けたらすぐさま襲い掛かってくる。そんな中でのうのうと補給に繰り出す事など出来やしない。
せめて圭がまだ一緒に居てくれていれば、話でもして紛らわせられたのに。そう思った途端に、美紀は力無く項垂れて頭を抱えた。
「もう、嫌だよ……」
救いの無い毎日に、美紀の心は疲れ果てていた。すぐにでもここから逃れたいが、死の恐怖に足がすくむ。そうして一人閉じ籠るしかない。
圭が戻ってきてくれれば。……いや、この際誰でもいいから、生きている人に会いたい。会って話がしたい。それが出来たら、どれだけ心が軽くなるだろうか。
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