少年はあだ名で呼ばれたい
咲希さんを見送ってからは黙々と一人で受付を熟す。といいつつ誰一人としてやってこない。知名度が上がってもお客さんの出入りには波があるし、今は引き潮なんだろう。明日が休みなのに、珍しいこともあったものだ。
そんなことを考えてたら、緑のパーカーを着た灰色ショートの少女が入ってきた。
「いらっしゃいませ……って日野森さん?」
「……ベース忘れたんで、取りにきました」
「あ、わかりました」
付き添いとして出て行ったはずの彼女が何故か戻ってきていた。明らかに顔が落ち込んでいて、いつもの倍くらい口数が少ない。こんなに肩を落とした彼女は初めてみた。
代わりに鍵を開けようとカウンターから出たところで、やはり心配になり扉の前に『CLOSE』の掛け看板を出してから店に戻る。
「何してるんですか」
「お店は閉めましたし、久しぶりにセッションしませんか?」
スタジオを開ければ、そのままになった毛布や楽器が出迎えてくれる。片付ける暇もなかったから仕方ないけど、他のお客さんが見たら反感をもらいそうだ。
スタジオの奥に立てかけられた僕のギターを手に取り、アンプを繋ぐ。一歌さん用に調整されたものだけど、音を出すくらいならこのままでも問題ない。
「何かを考えるより、がむしゃらに演奏してる方が日野森さんらしいですよ」
そう言って僕は志歩さんの対抗意識を煽るようにギターを掻き鳴らす。こんなものじゃないでしょう? と高度な曲を弾いてみせる。
「……はあ、一曲だけですからね」
呆れた様子で合わせてくれる彼女だけど、演奏には真剣な彼女が手を抜くことはなかった。
◇
演奏を終える頃にはしっかり着いてきた志歩さんの顔もマシなものになっていた。そのままベンチに腰をかける彼女にスポーツドリンクを渡して、隣に座った。
「天馬さんのことが気になりますか?」
「っ、なんでそれを」
「顔に書いてありますよ。それに、ついさっきですから」
顔に出づらくてもわかる。何より咲希さんが体調を崩して言い争っていたのは志歩さんの方だ。キツい言い方だったけど、変に優しい言葉を投げかけるよりずっと効果があると思う。
「……私、また咲希に無理させて、気を付けなきゃいけないのに」
「近すぎるからこそ、見落とすなんてこともありますよね」
「えっ?」
堂々巡りになってしまう前に、こちらから意見を繰り出す。志歩さんはどうしても抱え込んでしまう癖があるみたいだ。辛くなった時、1人で全部背負って飛び出して、後悔するような人だ。
でないと、親友である咲希さんが倒れてすぐこっちに戻ってきたりはしない。あの時スタジオに飛び込んできたのも、同じことだ。
「灯台下暗しなんて言葉もありますし、仲がいいなら尚更です」
「でも、それならもっと私が注意しなきゃって!」
「じゃあ、志歩さんだけが頑張る理由はなんですか?」
「それは……一歌も穂波も練習があるから」
二人の行動理由には、必ず四人が中心になっている。一歌さんや穂波さんにもあるかもしれないけれど、恐らく二人ほどではない。
今回咲希さんが無理した理由も、四人に関係する何か、多分明日の予定が絡んでいる。何故そうさせたかまではわからないけれど。
志歩さんも4人の均衡が崩れないために、『私がなんとかしないと』って強迫観念に突き動かされてる。その結果責任を背負い込んでる感じだ。
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