ハーメルン
君と一緒に歌いたい
少年は接客に努めたい

 家の扉を開ければ、カランカランと取り付けられたベルが鳴る。それに気付いた母さんがこちらに視線を向けた。

「ただいま」
「遅いぞ七緒。帰ってばかりで悪いが接客代われ」
「えっ、あー……」

 カウンターには灰色ショートの少女がギターケースを背負って立っている。どうやらお客さんが既に来ていたらしい。

「別に着替えなくていいからな。じゃ、後は任せた!」
「はいはい、いってらっしゃい」

 場所を入れ替わるように店から母親が出ていく。対する自分はカウンター裏だ。正面の少女は完全に置いてきぼりになっていて呆然としている。

「なんていうか、いつもの事ですけど大変ですね」
「お気遣いありがとうございます。さってと、今日もスタジオですか?」
「はい。お願いします。……どうも」

 入店時間のレシートを発行してクリップボードと共に手渡す。少女は律儀にお礼をしつつ、指定された部屋へと入っていった。

 僕の家は貸しスタジオである。母親は元ミュージシャンであり「若い者が安心して音楽に打ち込めるように」と作ったものだ。しかし一時期スタジオを使ってまで音楽活動をする若者は少なくなり、スタジオの一部をカラオケボックスに改造する。

 その結果歌手やアイドル志望の人、歌い手の人に練習も録音もできると、ニーズに見事応える形で一躍有名店となった。今はその知名度も落ち着き安定期となったが、バーチャル・シンガーの人気が高まる中で次第に利用者も増えてきた気がする。

「(あのお客さん、いつもご贔屓してもらってるけど、いつも1人だよね)」

 そんな中でも先程の少女は筋金入りの常連である。ただわかっているのは宮女の生徒ということだけ。コミュ障な僕では名前を聞き出すことすらできない上に、ここまで関係が続くともはや今さらである。あくまで常連だったとしても、客と店員の関係に代わりないのだ。

 Jポップの人気曲が流れる店内で、かすかに聞こえるベースの音。静かな音色に耳を傾けながらも、倍増した課題の山を処理する。その音色に違いはあれどこれが僕の日常だった。





 それからしばらく時間が経った頃、音色がやんで少女が出てくる。レンタル終了の時間まではまだ少し早かった。

「あの、すみません。アンプの調子が悪くて。少し見てもらってもいいですか」
「っと、はい。わかりました」

 カウンターからスタジオへ。傍のベース立てには深緑と黒のベースが立て掛けてあった。おそらくあれが彼女のベースだろう。

「調子が悪いというのは音が出ない、とか?」
「いえ、音は出るんですけど、いつもと違って聞こえるっていうか」
「なるほどわかりました。少しアンプを借ります」

 そういって自分の自室へとかけあがり、大きめのケースを持って再びスタジオへ戻る。ケースの中から姿を表したのは。

「店員さんもギターやってたんですね」
「いや別に。これはただの道具ですよ」

 木製染みたオレンジのボディが特徴的なギター。手入れは行き届いていていつでも演奏できる状態だった。しかし僕にとってはこういう時のためのただの『道具』でしかない。再起動後、コードを繋いで軽くワンフレーズ分だけ演奏する。

「っ!(この人、相当うまい……気迫はないけど、それでも)」

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