ハーメルン
君と一緒に歌いたい
少年は少女に教えたい

 金髪の少女が倒れてしばらくしたある日、日野森さんと黒髪の少女が店にやって来た。

「あの、この前はありがとうございました。その、なんてお礼を言ったらいいか」

 黒髪の少女、たしか金髪の少女が『いっちゃん』と呼んでいたのは記憶に新しい。というか脳に刻み込んだ。そんな彼女が前に進み出て申し訳なさそうにお辞儀をする。礼儀正しい子なんだな、と僕の中の内申点を加算しながらも、いたって冷静を保ちつつ言葉を返す。

「いえ、店員として当たり前のことをしたまでです。それよりあの子、咲希さんですよね。体の具合の方は」
「はい、体調も良くなってて来週からは学校に通えそうで」
「ならよかった」

 好きな人との会話ではあるものの、コミュ力不足により会話はそこで終わってしまう。続けていたいという気持ち半分、話題を広げられない気持ち半分。そして彼女が僕のために時間を裂いてくれている申し訳なさ少々で出来上がったこの沈黙は、なんともいえな苦痛を与えていた。

「一歌、それより練習」

 僕と彼女の間に気まずい空気が流れる中で、口を挟んだのは日野森さんだった。彼女達の本来の目的は練習。お礼を言うのはほんのついで。なにかお礼に、なんていう見返りは求めてはいなかったが、それでもないとわかると多少気を落としてしまう。

「すみません。すぐ準備しますね」

 すぐに手続きを終えてスタジオを開ける。しかし、彼女達は入ろうとしない。むしろ僕の方をじっと凝視している。

「あの、練習されないんですか?」
「いえ、練習するんですけど、少しお願いがあって」
「お願いですか」
「この子に、一歌に、ギターを教えてくれませんか」

 ギターを教える。僕が、黒髪の少女に。名前は一歌というらしい。日野森さんのとなりに立っているのは彼女しかいないからそれは当たり前だ。その言葉の意味を理解するよりもはやく、名前を覚える方に全ての意識を集中させていた。

「あの、もう一度」
「……この子にギターを教えてあげてほしいんです」

 完全に呆れられているが、今度こそ聞き逃さなかった。しかし、理解するにはあまりにも唐突すぎる。

「あの、どうして僕が?」
「この前、ちょっとだけ演奏してくれましたよね。
 あんな音、ちょっとやそっとの練習で出せる訳がない。
 かなりの経験者だと思います。それに、年も近そうですし」
「いや、僕はまだ1年生ですよ」
「私達も1年生ですけど」

 意外な事実が判明する。こうなると最高でも1歳差。普通に落ち着いているので年上とばかり考えていた。
 いや、今そんなことはどうでもいい。少しでも彼女に近付けるチャンスである。二度しくじった以上ここでしくじる訳にはいかない。

「でも、僕はやめたので」

 しかし口から出た言葉は裏腹に否定するものだった。何故? という問いが来れば、当然、と答えるだろう。
今や僕にとってギターとは『道具』に過ぎない。それこそこの前のように音響機材の不具合をチェックしたり、新品の音出しの為にしか使わない。

「それでも、お願いします」

 日野森さんは頭を下げる。腕前を見込むのであれば彼女だって同じだ。ここに通いつめているという熱意もそうだが、その演奏技術も日に日に向上している。

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