ハーメルン
君と一緒に歌いたい
少年は事情を知りたい


「ごめん、ちょっと付き合ってもらっていい?」

 店に顔を見せた志歩さんは開口一番そういった。今日も練習か、と思いきや一歌さんと咲希さんの姿がない。それでも誘ってくるということはなにか込み入った事情があるのだろう。
 二つ返事で引き受け、ギターを持ってスタジオへ。その内容とは。

「この曲、合わせてもらっていいかな。あなたの実力ならそこまで難しくはないと思う」

 そう言って差し出してきたのは、3人がかつて演奏していたもの。確かに僕からすれば問題なく演奏できる上に、実際昔は演奏していた。

「でもどうして僕に? なにが目的なんです?」

 彼女が僕の腕を見込んで頼んでいるのはわかる。しかしいつもなら1人で演奏するのが彼女のスタイル。それを破ってまで依頼するその理由が知りたかった。

「ごめん、今はなにも聞かないで。ただ演奏したいだけだから」

 しかし彼女は口を割ることはなかった。納得は出来ないものの、それでも彼女の願いを聞き届けないわけにはいかない。結果その曲だけに留まらず、演奏難度の高い曲を次々要求され僕はそれに応えていった。





 一通り曲を演奏し終えて、休憩に入る。

「すみません、付き合ってもらって」
「いえ。それで日野森さんの気が晴れたなら別に。このくらいならお安いご用ですよ」

そう言って立て掛けてある自分の道具に目を向ける。
今でもこちらの期待通りの音を奏でてくれた。その感謝を込めてそういってやる。

「どうしてバンド、やめたんですか。あれだけ出来たらプロにだってなれるかもしれないのに」
「よく言われますよ。もったいない、って。でも僕は別にやる気はありません。プロになれる、なんて言ってもそんなおいそれとなれるもんじゃない。
 人によっては人生かけてやってる人だっているんです。それこそ死ぬ気で」
「それは、わかります。私もバンドをやるなら本気でやりたい。あの時のセッションも、その筈だったのに」
「と、いうと?」

 たぶん彼女のいう『あの時』とは、咲希さんが倒れた日の事だろう。その日から彼女は確かに変わった。練習風景を間近で見ているからわかる。
 自他ともに厳しいながらも、前と違いどこか演奏に活力があるように思える。しかし、それはまだ満たされていない。

「本当に一歌達のこと考えるなら、セッションなんかしなきゃよかったんだ。
 それに穂波のこともどうして私、いつもこんな風にしかできないんだろう」

 彼女は相当思い悩んでいた。聞きなれぬ名前が出てきたが、今は気にしないでおく。そんな志歩さんに対して、僕は。

「そういって立ち止まれるだけでも、十分だと思いますよ」
「えっ……?」
「誰しも、なにかに気を取られれば周りが見えなくなる。でも志歩さんはそうじゃない。こうやって後からでも見直せてる」

 自然と口を開いていた。バカみたいに説教していた。その名前を呼んでいたけれど、口は閉じることを知らなかった。

「それならきっと、一番大事な事を選ぶ前に立ち止まれますよ」

 そこまで言って何様かと冷静に脳が処理し始めた為、誤魔化すようにスタジオに入る。休憩中とはいえあまり長い時間放置もできない。使い慣れた自前の道具で道具をメンテしてやる。するとしばらくして、志歩さんもスタジオに入ってきた。

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