ハーメルン
僕のおしごと
19 追い込まれた結果

 また負けた。山形の天童であった三局目も連続王手の千日手という反則一歩手前で錯乱しての大悪手。そこから巻き返せず、今日の棋譜を思い返して。
 これまでの俺の将棋を思い出して。俺の生活を思い出して。
 帰る時に聞いた記者たちの言葉が脳に蔓延りついていた。

『負けてた時に内弟子とって勝って。また負け始めたら新しい弟子とるのかね?』
『弟子とるのは否定しないよ。碓氷っていうバケモノがいるんだから。同じように弟子取ってるけど両方とも順調に結果を残してる』
『碓氷はあくまで弟子で、一人暮らしだからな。それにほら、夜叉神ちゃんはアマ名人の娘っていう土台も大きいだろ。名人に角落ちとはいえ勝ったアマだぞ?』
『それ言ったら碓氷なんてまだ中学校通ってるじゃないですか。学校と弟子と、自分の研究と。それでもほとんどの棋戦で勝ち上がってますし、順位戦もまだ無敗。このまま昇級しますよ』
『あの二人は話題性に事欠かないねえ。いや、清滝一門も話題を結構作ってくれてるから十分なんだけど。竜王の弟子は上がってこないねえ』
『空銀子と夜叉神天衣が別格なだけですよ。アレが普通の女子小学生です』

『竜王になったからって弟子を育てられるかって言われたら違うよなあ。名人の弟子が棋士になれるかもわかんないのに。……名人に弟子いないけど』
『あの人は教えるより自分で研究したい人だろうからな。教える時間よりも盤面真理。負けてもいいから盤面真理。精神性が違いすぎる』
『だからこそ、今回ちょうどいい竜王永世と通算100期、達成してほしいよなあ』
『ストレート奪取も話題にはなるんだろうけど、最年少竜王としてせめて一矢報いてほしいよ。竜王戦の注目度は半端ない。フルセットとは言わなくていいからさ。棋界の頂点タイトルなんだし』
『去年のも、これまでの実績も。ただの偶然、奇跡で終わっちまう。中学生棋士なんだからそれだけじゃないのはわかってるけど、世間はそう見ない』

『若くして弟子をとるなんて異例だからな。碓氷も実績がないから最初は隠してたんだし。中学生で弟子をとるなんて批判されて当たり前だ。そこを二人とも実績でねじ伏せた』
『竜王って実績があるから、弟子はいいんだよ。それが女子小学生で内弟子っていうのが輪をかけてさあ。弟子は若いから実績を出せなくてもしょうがないとして、内弟子と女子小学生っていうのが批判の種になる』
『清滝先生もタイトルこそ持ってなかったけど竜王を育てて、空銀子を育てて自分の娘も女流棋士になった。あの人もA級在籍したんだから実績はあったんだよなあ。育てる力も』
『弟子取ってからあの人も強くなったよなあ。九頭竜の弟子を認めたのもそういう理由があるんだろうな。負け続けてたし』

『でも十代に弟子は早かったんだろうな。清滝先生が弟子を取ったのって娘さんが高校生になってくらいの歳だろ?』
『そうしたら碓氷っていう例外が……』
『それはまさしく例外。神の子だぞ?名人に二回勝てる十四歳なんて神童としか言えない』
『その上弟子も超級。もうすぐ奨励会に上がれるとか』
『もし九頭竜と碓氷の竜王戦だったらフルセットまで行ったかな……。せっかくやるなら長い方がいいが。話題性も続くし』
『言っても詮無いことだな。去年楽しませてもらったから今年も期待してたんだけど』
『三連敗からの四連勝なんて聞いたことないし。ここまでかな』

 そんな内容だった。こういう時に記憶力の良い棋士は嫌だ。全部覚えて頭から離れない。

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