9 ニコ生解説
マイナビチャレンジマッチの翌日。僕は東京の将棋会館の一室に来ていた。将棋を指すわけじゃないけど、解説のお仕事だ。
スタッフさんに挨拶しながら、今日のお仕事の相方がいらっしゃったのでそちらにも挨拶をする。
「おはようございます。鹿路庭女流二段」
「おはようございます。碓氷四段。……お仕事前だから珠代さんで良いんですよ?」
「ニコ生の途中でポロっと言っちゃいそうなのでやめておきます。研究会じゃないんですから」
そう、ニコ生の解説のお仕事をもらって、聞き手が鹿路庭さんだったのだ。今回の棋戦は棋帝戦第三局、棋帝のタイトルを持っている名人と挑戦者篠窪太志七段の勝負なんだけど、名人が二連勝している。
ネットの評判曰く、「衰えが衰えた」「全盛期が戻って来た」だもんなあ。ストレートで防衛しそうだったらそうも言われる。
スタッフさんと一緒に流れを確認して、本番へ。鹿路庭さんは慣れているために進行はスムーズだった。
「そして今日の解説は先日新人王を獲得しました、碓氷暁人四段です!」
「皆様初めまして。碓氷暁人です。本日はよろしくお願いします」
挨拶をするとコメントがいっぱい流れる。凄い、画面が真っ白で見えないや。「可愛い」がいっぱいあるけど、これは鹿路庭さんに向けたコメントだろうなあ。美人さんだし、人気が凄い。
女流棋士ってこういう場ですごく人気だもんなあ。天衣ちゃんもいつかこういう仕事するんだろうか。
「碓氷先生はニコ生初めてですよね?初めての相手が私で恐縮です〜」
「僕も緊張しているので、慣れている鹿路庭女流二段が一緒で良かったです。緊張して放送事故にならなくて安心しました」
「鹿路庭さんでいいですよ〜。なんたって、お・ね・え・さ・ん!ですからねっ!」
「じゃあ今回だけ鹿路庭さんと。スタッフさんもいい笑顔で頷いていますし」
なぜかすごく推された。というか、お姉ちゃんって呼んで的なことが台本に書いてあった時は目を疑ったけど、それは阻止できたようだ。
流石にこんな生放送で、年上の女性をお姉ちゃんって呼ぶなんて、ねえ。恥ずかしいじゃないか。
研究会もやっている相手だから尚更。次会った時に絶対揶揄われる。
棋士紹介をして、戦いの火蓋が落とされる。先手は挑戦者の篠窪さん。
だけど、数手進んで驚くべきことが起きた。
「あっ!名人が角道を塞ぎました!まさか!?」
「三間飛車でしょうか、振り飛車ですね。あえて四間飛車にするかもですが、三間飛車の方が一手早いことが多いです。棋帝戦では初めての振り飛車です。名人は居飛車派ですけど、振り飛車の時って勝率が九割近いんですよね。超えてたかな?」
そこのところ曖昧だ。けど最近名人は振り飛車をよく指す。そのせいで生石玉将が負けてられないって僕に研究会をよく申し込んでくる。
あの人も僕が居飛車できるからって都合よく呼び出すよね。兄弟子だしお世話にもなったから基本断らないけど。でも僕も一門の名に違わず振り飛車派なんだけどなあ。
序盤が進んでいって名人が三間飛車の石田流で、篠窪さんが矢倉だ。
定跡通りに進むので、こちらのニコ生では随分と緩やかに会話が進んでいた。
「碓氷先生は名人と記念対局をされていましたね。無言の感想戦は話題になってましたよ?」
「ああー……。僕もあれ、よくわかってないんですよ。ただここについて話したいなって思った場所を提示したら名人もそれに続いてくれて。それが終わって次に確認したい場所は名人が示してくれて。言葉にしなくてもお互いやりたいことが盤面に出てくるので、言葉が不要だったというか」
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