ハーメルン
学園お抱え装蹄師の日常 
1:造蹄



 薄暗い工房内で、金属を叩いたときの、高く、硬く、重さのある音が一定のリズムを刻み、響いている。

 その男は鉄を叩いていた。

 赤く熱した鉄の棒を、左手に持ったヤットコ鋏でつかみ、右手に持ったハンマーで叩いて思い描いた形に変えていく。

 鉄の棒の持ち方を変え、思う部分に曲げを加えながら、叩き、冷やし、また熱して、整形していく。

 ある程度形を整えて、左手の道具を持ち替える。
 平面を穿って模様を打ち込み、また形を整え、表面を削り慣らしていく。
 
 10分前には一本の鋼棒であったものが、みるみるうちに形を変え、目的の成形物の姿を現しつつあった。

 それから5分ほど、男はさまざまな角度から眉間にしわを寄せつつ眺めては、鉄をたたいた。
 最後に大きめの水を張ったバケツにしっかりと沈めて熱を取り、布で水気を取って台に乗せた。

「っと、こんなところかな…」

 ガラン、と重たい音を立てた台の上には、20分前の鉄の棒から姿を変えた、蹄鉄が横たわっていた。

 
 男は背伸びしつつ工房から出る。
 薄暗い工房に慣れた目に外の世界は眩しく、目を細める。

「…!…!」

 遠くから、年頃のウマ娘のランニングの掛け声が聞こえてくる。

 男が工房を構えるそこは、「日本トレーニングセンター学園」、通称トレセン学園の敷地内にあった。
 広大な敷地を誇るトレセン学園の中でも、火を取り扱い、また作業音が響く彼の工房は、人のめったに来ない奥まった場所にあった。

 日が傾きかけた、ややオレンジ色に世界が色づく時間帯、男はその日初めての他人の声を聞いた。

「こんにちは。いい音がしてましたね。造蹄ですか?」

 声をしたほうを見ると、そこにはこの学園の理事長秘書を務める緑のお姉さんこと駿川たづなさんが眩しい笑顔をこちらに向けていた。

「ええ。ひさしぶりに時間があいたので、手慰みに叩いてみたんです」
 
 工房入り口にある古ぼけたベンチに腰を下ろした男は、あいまいな笑顔を浮かべながら言った。

「そうですか。今は造蹄からされる装蹄師の方も少なくなってきていますから、あなたのような若い方が技術を継承してくださると、我々としてもありがたいです」

 たしかに蹄鉄を素地の材料から作る装蹄師は減ったが、それはスポーツ用品メーカーが製造する量産品の蹄鉄の品質が向上してきたからに他ならない。

 つまり、彼の作る蹄鉄は、伝統技能の継承というほかにはあまり意味のないものになりつつあるということの裏返しでもあった。

「まぁ、今はウマ娘たちのつける蹄鉄もシューズと一体化して、蹄「鉄」といっても素材も多種多様。昔のような、職人がカスタムメイドでイチからつくるものが流行ることは、もうないでしょうね」

 事実、彼の今の仕事は装蹄師と言われてはいたが、実態は量産品のシューズや蹄鉄の調整、補修を主な生業としていた。

「蹄鉄やシューズはウマ娘の命を預かる大切な部分ですから…これからもよろしくお願いしますね。それでは、私はこれで」

 それだけ言うと、たづなさんはにこやかな笑顔を湛えたまま、立ち去った。

 男は、たづなさんを見送ると、ふるぼけたベンチの背もたれに体を預け、胸ポケットにしまっていた紙巻き煙草を咥え、火をつけた。

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